「聞けば見えてくる」~1/片岡亮太

「聞けば見えてくる」~1
片岡亮太

「聞けば、見えてくる」
これは、TBSラジオが2000年から使用しているコーポレートメッセージ(キャッチコピー)です。

そこには、同局が番組制作において大切にしている「様々な音から想像の翼を広げてほしい」、「ラジオに耳を傾けることで普段見えていなかったものが見えてくる」などの思いと理念が凝縮されています。

僕は、この言葉が流れ始めた年の4月に高校生になり、都内の盲学校(現、視覚特別支援学校)へ入学して、寄宿舎生活を始めました。

地元にいたころからラジオの面白さに引き込まれていた僕にとって、クリアな音質で都心のラジオ局の放送を聞ける環境はまさに楽園。

自室にテレビを置いていなかったので、昼夜を問わず、ラジオに没頭しました。

それはアパートで一人暮らしをしていた大学時代も同じ。

当時は部屋にテレビもあったけれど、好んでスイッチを入れていたのはやはりラジオでした。

とりわけ好きだったのがTBSラジオ。

朝から晩までいろいろな番組を聞き、気づいたら寝落ちということも度々ありました。

そんな僕にとって、ラジオを付ければ必ず聞こえてきた、「聞けば、見えてくる」というフレーズは、TBSラジオを象徴する言葉であると同時に、視覚障害者が感じている世界を表す言葉としても響いていました。

というのも、その頃は僕にとって、10歳での失明から5年~10年ほどが過ぎたことで、全盲であることに、精神面、感覚面ともに順応度合いが高まっていた時期。

視力を失ったばかりのころには考えもしなかったようなことができるようになる、そういうことの連続でした。

おそらく、白杖(はくじょう)を手に一人で歩く頻度が上がった影響もあったのでしょう。

高校時代も大学時代も住んでいたのは東京。

交通の利便性は高いし、友達との遊びを含め、「出かけたい!」という欲求を駆り立てられる場所や機会は、地元とは比べ物にならない。

また、大学時代には、通学のため、アパートから駅までの20分程度の道を、朝晩往復してもいました。

そうやって、じっとしていることがめったにないほど、あちこち出歩いているうちに、自然と感覚が研ぎ澄まされ、効率よく、そして安全に単独歩行をする手段を自ら編み出したようで、ある時急に、「音だけでこんなことまでわかるのか!」と気づくことが多発。

「なんとなく音の響きが変わった」と思って立ち止まると、目の前にトラックが停車していたり、違和感を感じて左右によけたことで電信柱にぶつからなかったといったことが増えたのも、まさにこのころのことです。

それほどまでに10代後半の僕の毎日は、「音が見せてくれるもの」への驚きに満ちていました。

実際には、生まれつき全盲だったり、幼少期に失明している人の多くは、この程度のこと、当然のごとくできるようになるのですが、それは今だから言えること。

白杖が触れたからではなく、耳が察知した変化のおかげで障害物にぶつからずに済む、そういう出来事に毎回びっくりしながら、「視覚障害者としてレベルアップした!」、そんな感動をよく抱いたものです。

振り返ってみると、そこに至るまでの道は「音の方向」を感じ取ることから始まりました。

目が見える人の場合、日常的に意識することは少ないかもしれませんが、急に声をかけられた時に、相手がどこにいるかを耳で判断するように、人の声や足音、車のエンジン音や不意に生じる様々な音を注意深く聞いていれば、それがどの方向、どのくらいの距離から聞こえてくるかがわかります。

けれど、そういう情報へ、常時、そして瞬時に集中することには慣れが必要。

盲学校での生活が始まったばかりだった小学5年生の時、持っていたものを落としてしまって、それを拾おうとした際、全く違う方向に手を伸ばしてばかりだった僕は、「落とした瞬間の音をよく聞きなさい」と担任の先生からよく指摘されました。

「そうか、音を聞けば落とした場所におよその見当がつくのか!」
それは、あの頃の僕にとって大きな発見。

そして、そういう音がどのくらい響くかを観察すれば、空間の広さや天井の高さ、あるいは壁がどちらの方向にあるのかまでわかってくる。

また、体育の授業で、ゴール地点から声を出す先生の方に向かって全力疾走する「音源走」をしたり、横断歩道で音響式の信号の音を頼りに、どの方向に渡ったらよいかを把握するなどの経験が増えていく中で、耳が受け取る情報の解像度を徐々に高めていった僕。

結果、大学時代ともなると、腕につかまらせてもらって一緒に歩いていた友人がバッグを落とした瞬間、音が聞こえた向きと距離を判断して、拾えるまでに。

「えっ?見えてるの?」と不思議がられたことで、音によって自分と対象物との距離と位置関係を正しく聞き分けていることに気づいたということもありました。

また、大学時代に所属していた和太鼓のグループでコンサートをした際、メンバーの一人が会場内に置き忘れた携帯電話を皆で終演後に探すことになった時には、僕が試しに電話を掛けたところ、バイブレーションの振動音が聞こえてきたため、「あの辺りにありませんか?」と指差したら、ぴったりの場所にあったということも。

現在の僕は、職業柄仕方がないことですが、和太鼓の音を間近で聞いたり、パソコンやスマホが文字情報を読み上げる音声を1日に何時間もイヤホンで聞いているせいで、10代、20代の頃の聴力はなくなってしまったため、そこまで精度の高い音の把握はできません。

けれど、一人での外出時、電車から降りた瞬間に聞こえる人の足音がどちらの方向へ向かっているか、あるいは、エスカレーターや階段の先に広がるコンコースや改札の音がどの方向から聞こえるかを頼りにホーム上を歩くことはよくあるし、首輪に鈴をつけた愛犬と、鈴の音や足音を頼りに追いかけっこをするなど、「音の方向」を意識しながら生活することはもはや当たり前。

一般に、視覚情報と聴覚からの情報を比べたら、視覚の方が圧倒的に量が多いことは周知の事実。

それゆえに視覚障害のある身として苦労が多かったり、味気ない思いをすることだってあります。

ですが、聞くことで見えてくる(伝わってくる)ものをじっくり味わうことだって決して悪いものではありません。

自宅でのんびりしている時に、我が家の上空を斜め左から右前方に向かって飛び去りながら美しい声を響かせるトンビのさえずりに、高く広がる秋の青空を見た気がしたり、旅行で訪れた海辺の町で、あちこちから聞こえる波音や魚が飛び跳ねる音に耳を傾け、目の前に広がる雄大な海の様子を思い浮かべることは、まるでラジオドラマを聞きながら、その世界の風景を脳内に描き出しているよう。

音は、生活に欠かせないと同時に、想像力の翼をどこまでも広げてくれる。

そんな「音」に、今回はしばし思いをはせてみようと思います。

◆プロフィール
片岡亮太(和太鼓奏者/パーカッショニスト/社会福祉士)

静岡県三島市出身。 11歳の時に盲学校の授業で和太鼓と出会う。

2007年 上智大学文学部社会福祉学科首席卒業、社会福祉士の資格取得。
同年よりプロ奏者としての活動を開始。

2011年 ダスキン愛の輪基金「障害者リーダー育成海外研修派遣事業」第30期研修生として1年間単身ニューヨークで暮らし、ライブパフォーマンスや、コロンビア大学内の教育学専攻大学院ティーチャーズ・カレッジにて、障害学を学ぶなど研鑽を積む。

現在、国内外での演奏、講演、指導等、活動を展開。
第14回チャレンジ賞(社会福祉法人視覚障害者支援総合センター主催)、
第13回塙保己一(はなわ ほきいち)賞奨励賞(埼玉県主催)等受賞。

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