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名を呼ばれることの幸せ【後編】/わたしの

名を呼ばれることの幸せ【後編】/わたしの

名を呼ばれることの幸せ【後編】
わたしの

前編の内容はこちら↓

名を呼ばれることの幸せ【前編】 / わたしの | 株式会社土屋 (tcy.co.jp)

先輩:もううちの夫なんかはまた呼んでるって思うけど「お母さん!ほら見て見て!お母さん!来て来て!」って「お母さーん!」とか言って…。

土橋:いいなーそれ。

先輩:「もう、わかったわかった」って、でも私に伝えたいんだ、一緒に感じたいんだっていうのがこんなに何年も一緒にいてもまだ私のことを呼ぶんだって思ったら「あー幸せだなー」って思うんだよね。

土橋:今、三歳の娘が「パパー!見て!見て、パパ!おうちと同じのあるよー!」って呼ぶ。それは幸せなことなんだね。

先輩:幸せだよー。だってパパって世界に自分しかいないわけだし。

土橋:先輩はそれを幸せだって感じ取れているところがすごくて、娘に言われてももう当たり前になっちゃうからそれが幸せだって気づけてない。

それが呼ばれなくなったときにはじめてあのとき幸せだったんだなって思うんだけど…。

先輩:そうだよね。そういうものだよね。

夫と付き合ってた頃はね、小指に幸せが来るんだよ。

土橋:小指に?どういうことですか?

先輩:あれはなんなんだろうね。小指の先にね、くるのよ。ない?そういうの。

土橋:ないですね(笑)。

先輩:小指の先が幸せだーと思って。

今も思い出したら少し来てるんだけど。幸せを感じたときに小指の先にくすぐったいような感覚があって、ごめん、恥ずかしくなってきた(笑)。

土橋:それって「幸せセンサー」みたいなことなのかな。

先輩:「幸せセンサー!!」そうそう、それ!

土橋:「あっ、今幸せかも…」ってときに、小指がうずくというか…(笑)。

先輩:そう、うずくの!(笑)。

土橋:はー、そのセンサーめちゃくちゃほしいなー。そしたら気づかないで過ぎていってしまう幸せを逃さなくて済むのに…。

先輩:支援の話に無理やり持っていくわけじゃないんだけど「自分が求められている」「自分を誰かが欲してくれてる人がいる」ことが私はすごく幸せだと思っているんだと気づいて…。

利用者さんといるときも「必要とされている」関係になれたらいいなーって思って…。

昔、関わった利用者さん、例えばAさんとかBさんとも今でもときどき会いたくなるしね、今何してるんだろうなって思う。

「お互いに」必要として、「お互いに」支えあった時間があったよねって。

土橋:それは「お互い」なんだね。

先輩:そうだね。

土橋:一方的ではなくてね。

先輩:そうだね、そうだね。

土橋:ようするに支援者からとってみれば利用者(クライエント)であるAさんやBさんから支えられた経験があったということだね。

先輩:そう。支えられっぱなしだったけどね。

支えられてたんだよ。

でもすごく時間はかかったんだろうな。すぐにやってくるものではなくて。

土橋:逆に支えられているという、その体験があるかないかではなくて、あっても気づけないってことなのかもしれない。

そもそも端からあるわけないっていう決めつけでのぞむと見えないものなのかもしれませんね。

でも、関わりの中で本当に自分が支えられているんだって、身にしみて感じさせられることはいっぱいありますよね。

そこに気づけるか気づけないかはとても大事な境い目だと思います。

土橋:『めぐり合う時間たち』っていう映画の中で好きなセリフがあるんですよ。

詩人が窓辺で、うつ病でエイズで、最後にはそのまま身を投げて自殺しちゃうんだけど、それをずっと寄り添ってきた女性がね止めようとするんだけど、近づくと落ちちゃいそうだから恐る恐るなわけ。

その会話の中で、昔二人がね若かったとき、海辺でね、恋愛関係がはじまったある一日のことを女性が思い出すの。

それで、そのときに『これから私の幸せがはじまるんだわ』って思ったけどそれは違ったのって言うんですよ。

『はじまったんじゃなくて、あのときが幸せだったんだ』『あの瞬間こそが幸せだったんだ』っていうセリフがあってすごいそこが好きなんですよね。

先輩:これもまた昔さ、食堂でいつか話したじゃん。

そのときに土橋さんがさ、春の宵にワインを窓辺で飲んだら最高だったから、もう一度それを味わおうとして次の日もやってみたら全然何も感じなかったって。

その瞬間が幸せだったんだって、そういうこと?

土橋:そうそう、そういうのばっかり。

先輩:その話はすごい印象に残ってて、思い出すことがある。

土橋:再現したくなるんだけど、次にはもうないの。

あのときだったんだなーって。だから再現はできないね。

だからこれをやればいつでも幸せになれるんだってものはないんだ。

その瞬間瞬間で見つけていかなければいけないんだってよく感じます。

先輩:そうだね。そう思う。

土橋:第一回目でお話が聞けてとても楽しかったです。

「名前を呼ばれることの幸せ」と「小指センサー」いいですよね。

あと「お互いに」必要として、「お互いに」支えあった時間があったという部分が大事な気がしていて、一方的な施しやお世話や介助ではなくて、双方向的な支えあいがそこにはあったということなのですが、その部分また機会があれば掘り下げたいと思います。

私がさらに好きな部分は「手ごたえがなくてもいつの間にかそうなっている」こともある(【前編】の中に出てきます)という部分ですね。

私はどうしても手ごたえがほしくなります。

それで手ごたえがなくて焦っちゃったり、諦めちゃったりするんだと思うんだけど、手ごたえないときもあるし、なくてもね、いいときもあるのかもなーと、手ごたえなくてもいいじゃん、いつかなるよ、大丈夫だよって思っててもいいのかもしれないと思いました。

今日はありがとうございました。なんか、あたたかい気持ちになれました。

先輩:ありがとうございました。また呼んでください。

土橋:是非!またお話聞かせてください。

おわり

プロフィール
わたしの╱watashino


1979年、山梨県生まれ

▼ 音楽・文

050-3733-3443