「聞けば見えてくる」~2
片岡亮太
大学生のころ、オーディオマニアの友人に、いわゆる「立体音響」の音源を聞かせてもらい、衝撃を受けたことがありました。
今では各種動画サイトやゲーム、映画などを通じ、臨場感があってまるでそこに自分自身が存在しているかのように感じる没入型の録音や音響効果の作成が可能であることは一般にも知られていますが、約25年前の僕にはそんな技術についての知識は皆無。
確かその時は、マッチを擦ってろうそくに火をつけ、そのろうそくを持ったまま録音機材の周囲をゆっくり歩くという音源を聞かせてもらったのですが、ろうそくの火が燃える音のリアルさと、そのろうそくを持った人が、左右どちらにいるかはもちろんのこと、後ろに立っていることまでもが伝わってくることに、比喩ではなく鳥肌が立ちました。
そのように、音で仮想現実を表現するコンテンツになじみのある方なら、視覚障害のある僕たちが音を聞くことで、空間の様子やそこにいる人の気配を感じている感覚は、ある程度想像がつくかもしれません。
以前、かつて慣れ親しんでいたはずの新宿駅の地下通路に降り立った時、どう考えても初めて来た場所の音にしか聞こえず、おかしいなあと思いつつも、過去の記憶とどうにか合致させようと苦心しながら、あちこちさまよい歩いたことがありました。
その時、誘導を申し出てくださった方と一緒に歩けたおかげで、僕がすっかりご無沙汰をしている間に、新宿駅の地下は工事の影響で、以前とは大きく様変わりしていたことが判明し、初めての場所のように思ったのも無理はなかったのだと知りました。
そのくらい、音はいろんなことを教えてくれます。
これまでの約30年にわたる全盲者としての生活の中では、そういったことを察知できる耳の使い方を極限まで鍛えたことで、同じ全盲の僕さえも「どういう耳をしているのだろうか?」と驚いてしまうほどの聴力を有する人との出会いもありました。
例えば、印象深かったのは、高校時代に目の当たりにした、「グランドソフトボール」の練習風景。
グランドソフトボールとは、当初は「盲人野球」として親しまれ、本年からは「ブラインドベースボール」とその名称を変えた視覚障害者スポーツ。
ルールの基本がソフトボールに準じていたことから、僕が高校生だったころも含め長年「グランドソフトボール」と呼ばれていました。
簡単に書くと、この競技は、ハンドボールを使い、球を転がした状態で行うソフトボール。
ただ、ボールを投げる(転がす)のは、必ず全盲、あるいはその状態の人と決まっており、視力を問わず、全員が光を遮断するためのアイシェードを着用することが義務付けられています。
キャッチャーが手を叩いた音で方向を確認し、ボールを転がすのですが、その速度は、「転がす」という言葉の印象が与える穏やかなものではなく、かなりのスピード。
さらに、一般のソフトボールや野球がそうであるように、バッターにとって打ちづらいコースを狙ったり、途中でカーブさせたり、打たれてもあまり飛ばない回転をかけるなど、いろいろな技が駆使される。
また、打者については全盲、弱視、さらには視覚障害のない人でもなれるため、全盲の選手の場合は、地面を高速で進んでくるボールの音を聞き、狙いを定めてバットを振ることになります。
……、もしかするとこの時点で「目が見えなくてもそんなことできるの?」と、びっくりされている方がいるかもしれません。
けれど、ここまでは前提のお話。
僕は高校時代、「フロアバレーボール」という、視覚障害者もプレイできるように作られているバレーボールに青春をささげていたため、グランドソフトボールはやったことがなかったのですが、おそらくその気になっていれば、前述のことくらいまでなら対応できたのではないかと思います。
しかし、驚愕したのは、打者が思い切り振ったバットが当たり、空中をものすごいスピードで飛んでくる球を、「風を切る音がしたから」と言って、全盲の同級生や先輩、後輩の数名が、まるでドッジボールのボールをキャッチするがごとく、ノーバウンドの状態で受け止めていたこと。
確かに長い距離を、地面につくことなく飛んでいけるほどに勢いがある打球なら、中空を進む際に、かすかとはいえ音がするであろうことは想像がつきます。
僕自身も、それらしきものを聞いたことはある。
けれど、それを耳が捉えることで、ボールの位置と速度などを瞬時に感じ取り、そちらまで走っていき、ボールをキャッチするなんて言う芸当は、逆立ちしたとてできる気がしません。
「ああ、座頭市って本当にいたんだろうな」
彼らのスーパープレイが間近で繰り広げられる度、僕はそのように思ったものです。
また、全盲、弱視を問わず視覚障害者の中には、幼少期から音楽に強い関心を抱く人が多いため、あらゆる音が音楽のドレミで聞き取れる「絶対音感」の人が、いわゆる「世間」と比べるとたくさんいます。
実際、高校時代、20名に満たないクラスメイトの内、僕が知る限りでも、5~6名は絶対音感か、それに近い音感を持っていました。
(ちなみに僕は、そんな能力のかけらも持ち合わせてはいません)
そういう耳を持つ人の中には、手をたたく音やかすかな物音などが、何の音であるかがわかるだけでなく、駆動音の違いだけでエレベーターのメーカーがわかったり、自動車や電車の車種を区別できるほどに研ぎ澄まされた聴力を持つ人までいました。
また、料理が得意な全盲の人たちは、天ぷらや唐揚げの揚がり具合や肉の焼き加減を音の変化で把握して、ごく当たり前にクッキングをしています。
偉人の話で言えば、伝説的なミュージシャンであり盲目のレイ・チャールズは、底の硬い靴を履くことで自分の足音を周囲に響かせ、その変化と記憶力だけで、白杖(はくじょう)も使うことなく各地を一人で歩いたと言います。
これは、コウモリやイルカなどが、自身の発した超音波の反射音の変化でその空間を把握し、障害物などを避ける「エコーロケーション(反響定位)」と呼ばれる感覚。
以前、記事で読んだことはあるものの、にわかには信じがたいのですが、海外には、このエコーロケーションによって、自転車で屋外を走り回ることのできる全盲の人もいるのだとか。
そうやって考えていくと、「音が見せてくれるもの」の幅は実に広いと感じずにはいられません。
僕自身は、それほど聴力が高いわけではなく、さらに絶対音感のような技能もないので、ここでご紹介できるほど特別なことは正直できません。
ただ、僕の中にある少し変わった音の感じ方をあえて挙げるとしたらそれは、「音で色が見える」ことです。
◆プロフィール
片岡亮太(和太鼓奏者/パーカッショニスト/社会福祉士)
静岡県三島市出身。 11歳の時に盲学校の授業で和太鼓と出会う。
2007年 上智大学文学部社会福祉学科首席卒業、社会福祉士の資格取得。
同年よりプロ奏者としての活動を開始。
2011年 ダスキン愛の輪基金「障害者リーダー育成海外研修派遣事業」第30期研修生として1年間単身ニューヨークで暮らし、ライブパフォーマンスや、コロンビア大学内の教育学専攻大学院ティーチャーズ・カレッジにて、障害学を学ぶなど研鑽を積む。
現在、国内外での演奏、講演、指導等、活動を展開。
第14回チャレンジ賞(社会福祉法人視覚障害者支援総合センター主催)、
第13回塙保己一(はなわ ほきいち)賞奨励賞(埼玉県主催)等受賞。






