見えにくい中での妊娠・出産・子育て⑮
水島恵
長男が2歳で入園した時から、次男が特別支援学校高等部を卒業するまでの19年間の間で、保育園・小学校・中学校それぞれで1年ずつPTA役員をさせていただきました。
そのことについて触れてみます。
まず私は、学生時代に盲学校に通った中で、役員をしたい・したくないという気持ちに関係なく、人数の問題や見え方によって役員をせざるを得なかったという境遇でした。
ですから、役員をするということで「お役に立てる」というような思いに到ることもないかわりに、みんな同様に障害を持つ中での役員だったので、あまり抵抗感なく引き受けていました。
大人になって役員と言えば、PTA役員だけではなく、町内会や子ども会の役員もありましたが、そちらは免除していただきました。
町内会の役員では、中心的役割は年輩の方々がされましたし、班長と呼ばれる回覧板を回したり細々した雑用を担当するのも、見えないとやりづらいことが大半だったので、誰かの目や行動時間をいただかないといけないと思うと「役員をします」と積極的にはなれませんでした。
また、班長は家の並び順で回すようになっていましたが、町内会の住人の方々も障害者に役員をさせようと思っている気配は全くないように感じていました。
ちょっと情けない思いでしたが、老夫婦世帯も免除されていたりと免除世帯がかなりあったようなので、配慮と解釈して免除をすなおに受けることにして、大掃除やお祭りや日帰り旅行といった町内の行事には、入居数年目から参加するようになりました。
そして子育て中は働いていませんでしたからPTA役員をしやすい状況ではありましたが、「したい」とは思っていませんでした。
でも、保育園・小・中学それぞれの在籍中に1度ずつはした方が良さそうな雰囲気ではあったため、各年度初めには気にかけていました。
ただ、見えないとやりづらい内容もあるので、中心的役割ではなく助っ人的な役割で、できそうなものはないかとタイミングを探ってはいましたが、長男が保育園在籍中は役員をしようという気持ちになる余裕はありませんでした。
でも、次男が年長になる年度に勇気を出して手を挙げてみました。
「もう卒園してしまうんだなー」と思うと「保育士さんや保護者のみなさんに感謝を表すには?」と考え、1つの形として役員を引き受けようと決意したのでした。
以前、このコラムで保育園時代の話をしましたが、保育士さんや保護者のみなさんの理解や協力を感じていたので「見えないから足手まといにならないか?」というような恐れはありませんでした。
役員会議は働いている保護者ばかりなので夕方に開かれ、回数も少なくてあまり負担を感じることもありませんでした。
中でも、会議以外では年1度のバザーの前日の準備と当日の担当作業のみで、移動するような作業はなかったこともあり、安心してできました。
バザーの商品に値札を付けていく作業で園長先生が目になってくださったことが一番記憶に残っています。
見えないことで、何ができて何ができないかをハッキリ伝えることは自分のためだけでなく、役員みんなの安心のためにも大切なことだと気づかされました。
これは役員のことだけでなく、日常的に必要なことだと思います。
この保育園での役員経験は私の自信になりました。
それが小・中学校の役員をすることに繋がったのではないかと思います。
では小学校の時のことはどうだったのか、続きは次回に。
◆プロフィール
水島恵
水島 恵(59歳)
岡山市在住
視覚障害(先天性緑内障)
岡山県UD推進アンバサダー
指圧・あん摩・マッサージ師
着付け1級(認定)
趣味は編み物、料理(特にスイーツ)、カラオケ、旅行、和装、講演・講座巡り






