『他害行動への対応プロセス~ある知的障害者支援の記録~』①
金代哀
今日は奏太(カナタ)君の話をします。
※名前は仮名です。
奏太君は18歳、高校を卒業したばかりでした。いわゆる自閉スペクトラム症、重度の知的障害でした。
奏太君は通所の生活介護施設に通っていました。
通い始めた頃はおとなしい子だったのですが、しばらくすると泣くようになり、だれかれ構わず噛みつくようになりました。暴れまわるのを止めるのもたいへんでした。
近づいておさえると嚙まれます。離れると追いかけてきて噛もうとします。
支援員もヘルパーもどうしたものかなーと頭を悩ませていました。
思春期真っ盛りで、特に学生時代にみんなと一律に並ばせるために、学校が子どもたちを同じような水準にすることを目指しているような特別な教育方針だとすると、子どもはかなりぎゅうぎゅうに抑えつけられます。
そんな我慢して生きてきた歴史があると、縮まっていたバネが撥ねるように必ずどこかで反動がくるものです。
学生時代はいいんだけれど、つまり抑えつけてくれる教師、そういう威圧みたいなものの枠の中で生きているうちは表面化しません。
生きているというより、生き延びているといった方がいいのかもしれないですけれども、そういう時は落ち着いて過ごせている。
過ごせているかのように見えています。落ち着かないと怖いですからね。
怖いから、おとなしくしていようとするのは自然です。
ただ、それが卒業して、抑えつけられてきたもの、つまり先生がいなくなるとですね、自分でどういうふうに生きていいかわからない。
そういう状態になった時に落ち着いていた生徒がですね、一時期落ち着かない状態になることがあります。
環境(関係)の変化による大混乱ですね。
奏太君もその大混乱の大嵐の中にいました。
奏太君は小さいころから多動的な傾向がありました。とにかく止まっていられない。
興味関心のままに動き回っているような子でした。
昔、家族で遊園地に行ったとき、赤ちゃんを抱いている他所のお母さんの持っていたペットボトルを触ろうと突進していき、赤ちゃんを抱いたままお母さんが転倒してしまうということがあったそうです。
赤ちゃんのお父さんは大激怒。
奏太君の両親は平謝りしてなんとか許してもらうことができました。
子どものうちはですね、体が小さいからどんな子どもでも親が行ってほしくない方向に行こうとしたら、体を持ち上げて抱っこするような形で連れていく。
よくある光景ですね。
これはある種コントロールするということなんですね。
もちろん子どもは危険が予測できませんから親がしっかり管理しないといけないことはわかっています。
しかし子どもの視点からすると意志の方向を強制的に変えられる。持ち上げられているのは自分なのですが、まるで自分が欲しいものを取り上げられたような気持ちになっていく。
この気持ちをどう扱っていくか、大事なポイントです。
また、奏太君はいわゆるパニック発作が時々見られ、暴れまわったのですがその時は周囲の大人が抱っこして鎮めました。
これもある種力によるコントロールですね。
必要なコントロールではあったと思いますが。
あとは先ほども書きましたが学生時代の先生による威圧(時には体罰すれすれの指導もあったかもしれません)も力によるコントロールです。
子どもは体が小さいですから、ある程度力でコントロールできるんですけれども、体が大きくなるとなかなかそれができなくなります。
次第に逆転現象が起こるようになります。
大人の方が力で負けていく。そうすると今までコントロールしていた分、逆に大人の方がコントロールされていくということになります。
子どもが必死で我を通そうとしたときに自分が教わった方法しかないわけですから、力で人をコントロールしていくという方法を活用するようになっていきます。
強調しておきたいのは全ての難しい行動の原因がご家族の育て方や学校の教育のせいではないということです。
ここで力でのコントロールや特殊な学校教育方針の話を出したのは、奏太君のケースに限って関連がありそうな事柄だからというだけです。
行動の原因は様々です。
どちらかと言えば一番向き合って苦労されているのはご家族や学校の先生である場合が多いでしょう。
そこには愛情がたっぷりと注がれています。
学校の話を持ち出したのは後半でナラティブアプローチ(物語によるアプローチ)について言及しますが、そのために奏太君の子ども時代についていくつか前振りとして紹介させていただいただけに過ぎません。
叩いたり噛んだり引っ掻いたり…いわゆる一般的な社会の中では暴力というふうに位置づけられてしまいます。
利用者側からのそのような行為を福祉や支援の現場では暴力とは呼ばず「他害」という表現をします。
さて、奏太君のような「他害」のある子どもたちとどう向き合ってきたかということをお話ししていきましょう。
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1.自分に目を向ける
暴れている奏太君を目の当たりにしたときに、まずは奏太君の行動を止めよう、行動を変化させようと思考が働くと思います。
奏太君の噛むという行動をやめさせるにはどうすればいいのかというふうに普通は考えるでしょう。
しかし、それを考える前に自分に対して目を向けます。
奏太君がパニックになった時、噛もうとしてきた時、あるいは噛まれた時、自分はどのような心理状態になっているでしょうか。
「問題行動を起こしているのは奏太君なのに、なんで自分に目を向けなければいけないの?」って意外に思う方もいるかもしれません。
対人支援は人と人との関わりです。人に向き合うためのリソースは自分の心です。
その自分の心の状態を知っておくことは非常に重要です。
よくコップに入った半分の水を「あと半分」ととらえるか「まだ半分」ととらえるかという問題がありますよね。
あらゆる現象が自分の心次第でとらえ方が変わってきます。
自分が今どのように目の前の現象をとらえようとしているのか知らなければなりません。
それはあたかもカウンセラーが自らの心の変化を頼りにユーザーと対話していくかのように。
さて、私はどうだったか。奏太君が噛もうとしてきた時、頭が完全に真っ白になりました。
私はとても弱く、臆病な人間です。自分がどんな行動を取ったのかもよく覚えていないほどでした。
意味や判断以前の状態です。要するに恐怖に支配されていたのです。
対人支援などできる余裕はありませんでした。
奏太君の表情さえ見ることができていませんでした。
身体的な変化はどうでしょうか? 私の体はかたく縮こまりながら激しく脈打っていました。
呼吸が速く浅くなっていたと思います。心拍数がとても高くなっていました。
そこで私は、この恐怖をどうしたらいいものかと悩みました。
でも、しばらく考えて恐怖はどうすることもできないなと諦めました。
しかし、不思議なのですがそう考えることができただけで冷静になることができました。
自分が恐怖を感じているということがわかっただけで落ち着きが生まれました。
難しい言葉で言うと「外在化」というやつでしょうか。
次に私は心拍数が測れる時計を買いました。
これは支援のテキストやマニュアルには絶対に載っていないのですが、ただただ色々と試してみようとした結果です。
頭が真っ白になったときの心拍数を計ってみたらどうだろう?
通常時の心拍数を把握しておいて、どのくらい変化があるものか調べてみようと思い至ったのです。
その購入した時計を使用して奏太君が暴れているときや噛む予兆を感じた時の自分の心拍数を即座に計ると予想通り異常な心拍数を叩き出しているわけです。
自分の心の変化を心拍数という数値で可視化する。
心は目に見えませんから、数値であらわれてくるとわかりやすい。
できればこの数値を平時に近づけていきたい。
それが落ち着いて自分が奏太君とかかわれる指標だと思いました。
2に続く






