ほんとうの愛は、この世をやさしくつよく、おもしろくする。

“クライアント”と一概に言っても、それぞれの歩み、生き方、ひとりひとりの暮らしがあります。
今回、お話を伺うのは愛知県一宮市在住の舟橋一男(ふなはしかずお)さんです。
とびきりの笑顔と、どこかユーモアが漂う語り口。そして、連れ添って約50年になるという妻の瑞枝さんとの日々。
おふたりのやり取りからは、長い時間をかけて紡がれてきた暮らしの重みと、ささやかな喜びがにじみます。
仲間と出会い、仕事を続け、身近な人との日々をかさねる――おふたりの歩みから浮かび上がる、日々の暮らしの中にある尊さについて、お話を伺いました。
zoomインタビュー参加者
舟橋 一男さん……(ふなはしかずお/ホームケア土屋東海・クライアント)
舟橋 瑞枝さん……(ふなはしみずえ/一男さんの奥様)
宮部 充代さん……(みやべみちよ/ホームケア土屋東海・コーディネーター)
*インタビュアーは一男さんの発声を聞き取ることが難しかったため、当日は妻の瑞枝さんに通訳をしていただきました。
1.一男さんの1日
インタビュアー―日々、どんなふうに過ごされているのか、というところからお聞きしたいです。
一男さんは、どんな1日を過ごされているのでしょうか。



では、私の方から1日の動きをお話できたらと思います。
一男さんはお昼近く、11時になるとヘルパーさんに来ていただくんです。起きて、導尿をして。
一男さんは2階で寝てるものですから、1階まで降りてきて、着替えて、食事をします。
食事が終わると、おおよそ1時間あまり読書をしたり、それから、爪がキーボードに引っかかるとパソコンの仕事がやりづらいので、こまめに自分で爪をやすってます。
その後はヘルパーさんの顔を見たり、一男さんの体調に合わせて途中で導尿したり。
今、画面に映ってるのはコンピューターがある部屋なんですが、台所からこちらの部屋へ移動して、仕事をしたり、You tubeを見て楽しんだりして1日が終わっていきます。
最近は「30周年の記念誌をつくってほしい」という依頼があって、あとひと月半ぐらいの間に仕上げなくちゃいけないので、今、その校正を出したり、戻ってきて直したりして、仕事を進めています。
おおよそそんな感じでしょうかね。



―今、つくられているのはどんな冊子なんですか?



(舟橋さんが住んでいる)一宮市の隣にある稲沢市に、演劇を鑑賞する会がありまして、その会の30周年の記念誌をつくっています。
いろんな役者さんが稲沢市まで見えて、ふた月に1回、演劇の公演をされるんです。
これが20周年の時の冊子なんですが、「こういうことをやってきたよ」っていう報告やご挨拶、各演劇鑑賞会や劇団の方からのメッセージとか入れながらつくっています。
今、その編集に取りかかっているところです。





―一男さんはもともと、歌舞伎や演劇がお好き、とも伺いました。
今、ご興味を持たれているものや楽しみはどんなことですか?



もう舞台を鑑賞するのは無理になっているので、レンタルで映画とかを見ています。
あと、You Tubeで音楽とかを聞いています。
以上です。



―今、一男さんから(手で)OKサインが出ましたね。
話し終わった後、「じゃあ瑞枝さん、お願い」のサインでしょうか…?



多分そうだと思います。私は見てなかったんですが。



(笑ってらっしゃる)



(サインを)出されてましたね。



―映画や音楽もずっとお好きなんですか。



趣味はいろいろです。
料理(の動画)とかいろんなものを見て、好きな仕事の役に立つこともあります。


zoom画面越しのインタビュアーに伝えてくださった
2.ふたりで過ごす時間



―先ほど、一男さんの1日の過ごし方について伺いましたが、どんな人に囲まれて過ごされているのかも伺いたいです。



そうですね。
日によって違うんですけれども、いろんな事業所さんからヘルパーさんに来ていただいてます。
朝11時に起こしていただいて、13時ぐらいまで食事の介助などをしていただいて。
14時から15時までは他のヘルパーさんに来ていただいて、場所を移動したり、トイレに行ったり、導尿をしたり。
夕方の17時前後には次のヘルパーさんが見えて、そこでお昼ご飯を食べるので、見守りや導尿がその時間になったりもします。
その後、夜の20時前後で次のヘルパーさんに入っていただいて、22時ぐらいに交代していただいてます。
ホームケア土屋さんには22時から入っていただいているので、お風呂の準備をしていただき、夕飯を食べて、お風呂に入って。
2階で寝ているので、階段の大変なところを、私と一緒に一男さんを2階まで連れて上がってもらって、布団に入る。
大まかにそういった関わりの中で1日を過ごしております。



―今関わられているアテンダントの方はおおよそ何名ぐらいいらっしゃるんですか?



何名だったかしら……ざっと計算すると、1週間で20名ぐらいの人が見えていますね。



―瑞枝さんと一緒の時は、どんなふうに過ごされているんでしょうか。



体が動いていた頃は、外食したり飲みに行ったり、そういう場で会話をしていたんですけれど、今はヘルパーさんが見えるので、あんまり夫婦の会話はできていません(笑)。
瑞枝さんは寂しいだろうと思っています。
以上です。



―実はインタビューに同席してくださってる宮部さんに「一男さんと瑞枝さんは普段、どんな感じで過ごされてるんですか」と事前に伺ったところ、「毎日、瑞枝さんの手料理でおふたりで晩酌をしてる」と伺いまして……



ごめんなさい、私が報告しました(笑)。
ヘルパーがいるのでおふたりで会話ができずに申し訳ないんですが(笑)、いつも仲良くビールを飲まれて、仲睦まじくお食事を楽しまれてますよね。



手の込んだものはつくれないんですが、冷凍のコロッケを揚げたり、今の時期(5月上旬)だと、一男さんはそら豆が大好きなので、それを買ってきて蒸して食べたり、ヘルパーさんに皮を剥いてもらって喜んで食べてます。
一男さんは本当に食べるのが好きなので、夕飯がいちばんの楽しみのようです。



―一男さんは、瑞枝さんの手料理ではなにがいちばんお好きなんですか?



なんでも美味しいです(笑)。
3.仕事は、“こどもを育てるように”。
「仕事が生きがいだ」と語る一男さんは、今も現役で冊子の編集や校正などの印刷業に携わっています。
2歳で脳性麻痺の診断を受け、その後、養護学校へ。高校卒業後、在宅生活を行ないながら印刷会社を自ら立ち上げました。
印刷業を仕事にして、58年。「これからも仕事を続けたい」と、一男さんは話します。



―これまで、どのような印刷の仕事に関わられてきたんでしょうか。



印刷の勉強はしていません。
お客さんから注文をもらえると、毎日、自分の感性で仕上げています。
名刺からニュースなどを手がけてきました。
自分史をつくらせていただいたり、いろんな仕事を引き受けてきましたが、返品はなかったように思います。
もう58年印刷をやっているので、いろんな経験があります。
以上です。



―お仕事の中では、どんなところに喜びを感じられていますか。



印刷は分業で成り立っていますが、私の場合はタイプ(印刷)から始めたので、すべての工程に関わってきました。
ひとつの仕事を、こどもを育てるような感じでやってきたので、仕上がりを見るのがいちばんの喜びです。



いつだったか、忙しい時にいただいた原稿の校正をそのまんまでお返ししたら、「何も変わってない」って怒られたことがあります(笑)。



―(笑)。お若い時のことですか?



そうですね(笑)。


3.「舟橋家に来ると、本当に幸せな気分になる」



―宮部さんから見た一男さんの姿も伺ってみたい、と思います。
宮部さんが関わられてる時は、舟橋さんはどんなご様子で時間を過ごされているんでしょうか。



そうですね。
一男さんは大体パソコンでお仕事されたり、文章をつくったり、今はご自身の自伝を編集されて過ごされています。
先ほどお話させていただいたように、夕食の時はおふたりで晩酌して過ごしてらして。
一男さんは本当に笑顔がめちゃめちゃチャーミングな方だと思います。
ホームケア土屋東海では、今、3人のアテンダントが一男さんに関わらせていただいています。
その中でもいちばん長く関わっている森本寿人(もりもとひさと/ホームケア土屋東海アテンダント)は、2024年に一男さんと瑞枝さんが新潟の講演会(下写真)をされた時、付き添いとして一緒に行かせていただいたことがありました。
森本は、一男さんの現場に同行研修で入った初日から「一男さんって素晴らしい」、と。
お体が不自由なところもあるんですが、仕事も続けられていて、いろんなことに前向きに挑戦されている姿にすごく刺激を受けて、「一男さんの介助の仕事をぜひさせていただきたい」と言ってくれました。
そこから、一男さんが外出される際、森本が同行させていただいてます。
一男さんと瑞枝さんの姿を追ったドキュメンタリー映画『やったぜ!じぃちゃん』(CBCテレビ/監督:仲尾義晴/2022年制作)では、おふたりのお嬢様(*舟橋ご夫妻にはおふたりのお子さんがいらっしゃいます)と旅行をされたんですが、そういったことも本当に楽しんでしてらっしゃいました。
瑞枝さんとも本当に仲良しです。
瑞枝さんはいつも、一男さんを呼ぶその声が愛情いっぱい。
すごく素敵なご夫婦だな、と私も見習いたいですね。
結婚されて長いと思いますが、いつも一男さんは「瑞枝さんが――」とおっしゃるし、瑞枝さんも「一男さん、一男さん」っておっしゃる。
舟橋家に来ると、本当に幸せな気分になるんです。



新潟の講演の時は土屋さんが支援に入っていただいてるから行かれたので、本当に感謝してます。
宮部さんが「なんとか考えてみます」っておっしゃってくださって、当日の同行は、森本さんに引き受けていただいて、安心して行ってこれました。
ありがとうございました。




写真提供:新潟障害文化地域推進機構(NECCO)
参考記事:アーツカウンシル新潟 https://artscouncil-niigata.jp/blog/7775/
4.出会いは大きな宝物



―一男さんと瑞枝さんの「これまで」について、伺いたいです。
これまでの歩みの中で、一男さんが大切にされてきた記憶や出会いについて教えてください。



今思うのは、もちろん瑞枝さんとの出会いが大きいと思いますが、両親との出会いも素晴らしい出会いだったと思います。
両親は私を人間として、育ててくれましたし、社会に送り出してくれました。それが今、大きな財産になっていると思っています。
両親から教わったことは「人との出会いを大切にする」ということです。
宮部さんとの出会いや森本さんとの出会い。私には大きな宝物ですねぇ。



いろんな方から「一男さんの年齢でコンピューターができるってすごいなぁ」って言われるんです。
これも、仕事で以前、「タイプ印刷で50部印刷して」と言われて「困ったな」と思っていたら、資材屋さんがたまたま訪ねて助けてくれて――
そこからずっとお付き合いがあるんですが、その資材屋さんに「タイプ印刷だけにしがみついていてはだめだよ」と言われたおかげで、コンピューターでの制作まで、今、たどり着いたんです。
「仕事でどうしてもコンピューターが必要だ」となって、最初は仕事だけのつもりでしたが、始めてみると――facebookだ、You Tubeだ、とコンピューターでやれることがどんどん出てきたので、それは本当に嬉しかったですね。
「いろんな人に、いろんなところで助けてもらってるな」って感じてます。



―ご両親のこともお話しされていましたが、どんなご両親だったのでしょうか。



60年ぐらい前までは、「障害のあるこどもは隠されてきた」と聞きました。
ところが、うちの両親はいろんなところへ連れ出してくれました。
銀行も自分で行くことができました。家族との食事も一緒に行きました。それが大きかったと思います。



―一男さんと瑞枝さんとの出会いについても伺ってもいいですか?



「一男さんが養護学校の同級生の詩集をつくった」という記事が新聞に載ったんですね。
私の友達がその記事を読んで、「欲しい方には(その詩集を)お分けしますよ、って書いてあるから訪ねていこう」って言って。
その友達について行って、出会ったのがきっかけです。
そこで、<肢体障害者 こぶしの会>という会があるんですが、「こういう会を毎月やってるから来ませんか」って一男さんから誘われて、私が行くようになって。
友達は来なかったんですが(笑)。
それ以来ずっとの付き合いになってしまいました(笑)。



―前述の映画の中で、「瑞枝さんは最初から一男さんが話すことを理解できた」ということが語られていますね。



瑞枝さんは、私と出会って2回目で(話す言葉を)わかってもらえました。
その時はびっくりすると同時に、自分自身で「人間になれた」と思いました。



きっと、通じるものがあったんでしょうね。


写真は、上映後の舞台挨拶での様子。
5.困ってることを口に出して、みんなで社会を変えていこう



―一男さんは、「良い社会にしていきたく、これからも社会活動を続けたい」ということを語られています。
これまで、どんな社会活動に関わられてきたんでしょうか。



そうですね。
<こぶしの会>には、「障害者が困ってることを口に出してみんなに分かってもらい、行政にも訴えて改善していこう」っていう考えがあるんですね。
54年前、一男さんは「タクシーのチケットが欲しい」と考えていて、「歩くのが大変で、家からバス停まで行けないし、バスも段差があって席に座るまでも大変だから、家にタクシーが来てくれれば楽ちんだ」と新聞に投書したら、当時、じゃんじゃん家に電話がかかって、「障害者のくせに贅沢な」と怒られたんだそうです。
一宮市で言うと、こぶしの会の会員の人が歯医者さんに行くと、「他にも歯医者さんがいっぱいあるのになんでうちに来たんだ」なんて言われて、「(障害を持った人が)歯医者に行くことができない」といったいろんな問題が出てきたんですね。
歯医者さんのことは、一宮市とこぶしの会で話し合いを持っていた時期がありました。
福祉課の方に出てきていただいて、そういう話をしましたら、次の年には一宮市から「障害を持っている方が歯の治療ができるところをつくります」って言われて、私たちもびっくりしました。
タクシーのチケットは10年かかっても要望が通らなかったんですが(笑)。
「えっ、何が起きたんですか」と聞いたら、歯医者さんの中にも障害者部会があって、その先生方も「障害も持つ人が来たら、どうしたらいいか」と困っていたそうです。
今は市内でも、障害者の歯の治療をしていただけるところがあります。
例えば、多動症を持つ人は普通の病院では治療がしづらいんですが、そこではできますし、看護師さんも多いので、「それってすごいね」っておっしゃってくださいます。
ひとりの声から、そういった実現に結びついていったということでは、「えっ、あの歯医者さんってそういう経緯があってできたの?」「本当に助かってるよ」って今もヘルパーさんと喋ってます。
そういう活動をしてきました。
あとは原発反対の活動です。
ちょうど孫が生まれて大喜びしていたら、1ヶ月しないうちに東日本大震災が起きて、「原発が大変だ」ということを知って――「孫たちが一体どんな世界を生きていくんだろう」と思ってすごく落ち込んじゃって。
そしたら、「名古屋市の高岳駅前で、『原発止めろ』といったシュプレコールをあげながら、原発に反対してる集会があるよ」と聞いたものですから。
まだその頃は一男さんも元気でしたので、車椅子を押してバスに乗り、電車に乗り、地下鉄に乗って、多い時はその集会に毎週、行ってました。
ただ、2年か、3年かで途切れてしまって、今は行かれていないんですが。
でも他にできること――例えば、「平和行進が一宮に来るよ」って言うと、原発も含めて「平和であってほしいな」っていう願いもあって、短い距離ですが、20分ぐらい行進に加わったり、というふうなことをしています。


・・・・・・・・・・・・・1枚の写真から・・・・・・・・・・・・・


写真提供:しんぶん赤旗
一男さんから送られてきた数枚の写真の中に、小さな冊子を持って微笑む一男さんと瑞枝さんの写真がありました。
障害者は65歳になった時、障害福祉サービスから介護保険サービスへの移行を余儀なくされ、それまで受けていたサービスを受けられなくなる、という現状があります。
いわゆる“障害者の65歳問題”として、今も問題は解決していません。
2013年、「65歳から障害福祉サービスを打ち切る」という通知を市から受けた一男さん。
その後、仲間や弁護士との実態調査や運動の末、一宮市が重度訪問介護(重訪)を認め、2014年の10月から重訪のサービスを受けられるようになりました。
写真はその時のもの。一男さんの手には、仲間とともに自らの手で取り戻した障害福祉受給者証。
ホームケア土屋は、障害福祉サービスのひとつとして、他事業所とともに、一男さん・瑞枝さんが望んだ重度訪問介護というサービスの一端を担っています。
6.平和が脅かされている中で、平和を願って
映画『やったぜ!じぃちゃん』の中で、津久井やまゆり園事件について一男さんがお話をされている箇所があります。
一男さんのしずかな語りと強いまなざしに、一際、ひき込まれるシーンです。
その中で「(障害を持つ)被害者の氏名の多くが隠されたことは、大きな悲しみ」と語っていた一男さん。
今年、事件発生から10年をむかえる津久井やまゆり園事件についてあらためて伺いました。



―今という時代の中で感じられてること、危機感やお考えになってることについて、聞かせてください。



ドイツのナチス時代の本を読むと、ユダヤ人が600万人、ガス室で殺されています。
それを行なうために、まず障害者で実験をやった。
20〜30万人の障害者が殺されました。
「食事を食べさせない」とかでは時間がかかりすぎる。
あと、排気ガスとかいろいろな方法が試されたそうですが、最終的にガス室に送り込まれたそうです。
戦争に役立たないものは抹殺される。
そういうことが当然だ、という考え方です。
それは優生思想だと思います。
今、平和が脅かされている中で、優性思想が頭を持ち上げていると、恐ろしい時代になったと考えています。
だからこそ平和を願っています。
以上です。



―一男さん自身がこれからも携わっていきたいこと、また新しい世代の方たちへ引き継いでいきたいものについて聞かせていただけますか。



憲法9条の平和条項と、25条を守る運動に少しでも参加したいと思っています。
もうこういう体では少しでしょうけど、頑張ります。



―最後の質問になりますが、このインタビューは障害を持つ方の生き方の選択肢を広げられるよう、それから介護に携わる方、これから介護に関わる方へのメッセージとしてもお届けできたら、と思ってます。
仲間として、でも、ヘルパーの方へ、でも、何かメッセージがありましたらお聞かせください。



夢を抱いてほしい。
「ひとり暮らしをしたい」とか、「いつでも友達に会いたい」とか、「ゲーセンに行きたい」とか。
以上です。



―瑞枝さんにも伺いたいです。
一男さんとともに歩んでこられる中で、この記事を読まれる方に向けて何かお伝えしたいことがありましたら聞かせてください。



そうですね。
一男さんの場合は割と頑固で、「今は読書中なんだから声をかけないでほしい」とか、
「ご飯を食べて、薬を飲んで、歯磨きして、お風呂に入るんだから、そうせっかちに歯磨きしようとかって言わないでほしい」とか――



(笑)



って、いろいろ怒り出すこともあるんですが(笑)。
障害を持ってるひとりひとり、自分のペースがあると思うので、そういうペースを大事に大事にする支援をしていただけるとなお嬉しいなと思っています。
▸インタビューのあとで
インタビューが終わってから、一男さんと瑞枝さんから聞いた、「平和」という言葉の響きの真摯さに心が揺れている自分を見つけました。
どこか、遠くに感じるようになってしまったその言葉。
一男さんが最後に語ってくださった憲法9条と25条のことが気になり、「日本国憲法」の条文を調べ、単語のひとつひとつの意味を噛み締めるように原文を読みました。
一男さんの平和への強い願いを込め、この言葉を掲載してインタビューを締めくくります。
・憲法第9条
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国民の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
・憲法25条
すべて国民は、健康で文化的な最低限どの生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
『日本国憲法』より


<舟橋さんへのメッセージ>
▸宮部充代さん(ホームケア土屋東海 コーディネーター)からのメッセージ
舟橋一男さんの魅力は、困難を特別視せず、自然体で前向きに生きているところです。
生まれつき脳性まひがありながらも、70代になっても印刷の仕事を続け、自分らしく社会と関わっています。
また、明るくユーモアのある性格で、周囲を和ませる温かさも印象的です。
さらに、妻・瑞枝さんと支え合いながら過ごす日常には、長年連れ添った夫婦ならではの深い信頼や愛情が感じられます。
特別な演出がなくても、「毎日を大切に、楽しみながら生きること」の尊さを伝えてくれる方です。
▸森本寿人さん(ホームケア土屋東海アテンダント)からのメッセージ
今でも現役で仕事でパソコンを使いこなすスーパーおじいちゃん!
映画出演などでも活躍している一男さんを尊敬しています。
これからも一男さんらしい生き方ができるよう、サポートできたら良いなと思っています。
< 協力 >
・アーツカウンシル新潟
・新潟障害文化地域推進機構(NECCO)
・しんぶん赤旗











