「お酒と障害」 / 片岡亮太

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「お酒と障害」
片岡亮太

全盲という視覚障害と共に暮らしていると、僕にとって、あるいは多くの視覚障害者にとっては日常的である行動が、障害のない人たちにとって意外であったり、驚くべきものであると知り、一種の認識のずれを感じる経験がよくあります。

例えば、勝手知ったる我が家や学校などを、白杖(はくじょう)も持たず、手探りもせずに、一人ですたすたと速足で歩いている姿や、何の迷いもなく階段を上り下りしている姿、ごく自然に箸で食事をし、グラスの位置を把握して飲み物を飲んでいることなど、初対面の人から、僕の一挙手一投足に驚かれることも少なくありません。

中学生の頃には、目の手術を受けた後の検診の際、主治医ではない新人の医師から、「術後の運動制限については、そもそも運動をしないだろうから心配ないね。」とにこやかに言われて耳を疑ったことさえありました。

当時、すでに和太鼓を始めていたので、学校へ行けば、日々練習を行っていたし、走ることが好きな先生が多かった影響で、半ば強制的に毎朝のトレーニングとして、4㎞近く走っていた僕にとって、身体を動かすことは当たり前。

朝早く、まだ誰も登校していない時間帯など、校舎の階段を一段飛ばしでダッシュして登ったりもしていました。(これも、子供の頃から全盲であれば、さほど不思議な行動ではありません)

パラリンピックの存在を知っている人もまだ少なかった時代。

僕自身、全盲になったばかりの頃には、まさか数年後の自分が、飛んだり跳ねたりしていることなど想像だにしていなかったので、仕方がなかった部分もあるのでしょうが、多くの視覚障害のある人と接しているはずの眼科医ですら、「全盲イコール運動をしない」と疑いもなく考えていたことは、大きな衝撃でした。

あの頃、視覚障害と運動が結び付かない人が多かったのと同様に、今でもよく「えっ?」と言われることが多々ある行動の代表格が「飲酒」です。

僕は、お世話になっている方と飲みながら語り合っているうちに

「亮太、今何時だ?」
「4時ですねえ。」
「お前の方が若いんだから、『そろそろ寝ましょうよ』って声かけろよ!」

と叱られ、夜明けとともに酒宴が終わることが現在でも年に1度か2度はあるくらい、お酒が好きです。

毎晩、ビールやハイボール、ワインなどを、一杯か二杯、晩酌で楽しみつつ、妻と語らいながら、愛犬をめでるのは、日々の癒しの一つ。

嬉しいことに年々苦手な種類も減り、どんなジャンルのお酒も、美味しく、楽しく飲める自信があります。

ところが、舞台のために訪れた場所などで、「このあたりの日本酒、おいしいですよねえ」と世間話のつもりで口にすると、「えっ?お酒飲まれるんですか?酔っぱらうと危なくないんですか?」と、意図していない方向に話題が進んでしまうことも度々。

確かに、大学生の頃、一人暮らしをしていたアパート(最寄駅から徒歩15分ほど)のベッドで、いつも通り目覚めた後、「そう言えば、昨晩は、どうやってうちに帰ってきたのだろう?」と思って、さすがに危険だなあと考えたことはありますし、これまでに大なり小なりお酒による失敗の経験はありますが、醜態をさらしたり、記憶をなくすほど飲まないほうが良いというのは障害のない人にとっても同じこと。

そして、そういう苦い経験をしていても、止められないのがお酒…。

そこに障害の有無は関係ありません。

これまで、視覚障害を含め様々な障害がある方で、僕よりはるかに酒豪だと思った人もたくさんいました。

飲酒、喫煙、ギャンブル、性的な欲求や行為など、「大人」として、誰もがそれぞれに趣味嗜好に基づいて、ライフスタイルや社会と折り合いをつけながら手を伸ばしていることと、「障害者」と呼ばれる人たちを無意識の内に遠ざけてしまうこと。

そこには、まぎれもない偏見の影が潜んでいるように思います。

一方で、初対面の方はもちろん、それほど親しくなかった人であっても酒席を一度でもご一緒したり、お酒の好みが一致していることがわかったりすると一足飛びに距離が縮まり、「障害の有無」という違いが、大きな隔たりではなくなっていることもしばしばあるほど、人間関係の距離を近づけてくれる可能性も秘めているのが、お酒の魅力だと僕は感じています。

「飲みニケーション」が昨今では必ずしも推奨されていないことや、決して脅威が去ったわけではない新型コロナウイルスの問題もあるので、飲酒を称賛することに抵抗を抱く方もおられるかもしれませんが、少なくとも僕にとってはアルコールを介在させた時間のおかげで、これまでに何度となく人間関係の幅が、より広く、より深くなったことは事実です。

そこで、そんな僕が考える、一人の全盲の視覚障害者としての理想の飲み会とはどんなものか、最後に書いてみようと思います。

お店は、最寄駅からゆっくり歩いても5分以内。

参加者の誰かと駅で待ち合わせをして、一緒に行ってもらったり、終電等の都合により途中で帰らなくてはならなくなった時にも駅まで送ってもらいやすいし、ある程度慣れた場所であれば、そのくらいの距離なら何の不安もなく自力で歩けるからです。

また、未知の場所だったとしても、最近は、スマホのナビアプリなどを用いて独力で移動することもできるので、駅から近ければ、移動におけるハードルはぐっと下がります。

ただ、新宿や渋谷のように、駅にいくつも出口があったり、あまりにもにぎやかなエリアでは、待ち合わせの際に、出口を間違えたり、人ごみに紛れて相手と出会えないリスクが高くなるし、一人で歩く時にも危険が増えるので、単独で歩いたとしても迷う心配が少ない、シンプルな構造の駅や道の多い、落ち着いた地域が安心です。

お店は、チェーン店系の居酒屋ではなく、こじんまりとした場所。

大きなお店は、他のお客さんの声やBGM、食器などが当たる音が大きくて、どうしても会話が聞き取りにくくなるし、席からトイレに移動したくても、場所がわかりづらく、その都度同席している人にお願いをする必要があるので、少々気づまり。

けれど、小さなお店なら、会話もしやすいうえに、トイレの位置は音で把握でき、自分で行き来できるし、人の足音などをチェックしていれば、空いているかどうかも容易に判断できます。

さらに、誘導になれていない方が酔った状態で僕を案内しようとして、(僕ではなく)その方が転んでしまう危険を避けるためにも、階段の上り下りが必要ない一階、あるいはエレベーターがあるお店が良いかもしれません。

会話の聞き取りやすさという点で言えば、お店の音以外に飲み会の人数も重要。

できれば10人以下が、参加者の声も把握しやすく、話題もまんべんなく理解することができるので、話したい人と、話したい話題を楽しみやすい。

また、料理やお酒のメニューは、誰かに読んでもらう手間を省いたり、「これ美味しそうだけど、高額だったらどうしよう」等、あれこれ考えなくてもよいので、写真の代わりになる程度の簡単な説明と共に、値段も含めて、ネット上に公開されていると、スマホなどでチェックしながら、食べたいもの、飲みたいものを予算を考えつつ頼めるので理想的です。

さらに、最近は、多くのお店がタッチパネルでの注文になっていて、自力で注文ができないので、店員さんに声をかければ注文できる形がありがたい。

そして、食欲旺盛な僕の場合、大皿の料理を取り分けてもらった後、「全体であとどのくらい残っているのだろうか?」と様子を伺いつつ、お代わりを頼んでよいものか悩んでいるうちに、実はかなり残っていて、せっかくの料理が冷めてしまうということがよくあって、お店に申し訳ない気持ちになること。

逆に、食べるスピードが速すぎて、気を使ってくださった方が多く取り分けてくださることで、意図せずに、人より多く食べてしまうことが多々あります。

そもそも食べ物に対して、常に取り分けていただくという、受け身の立場にいることも、飲み会のメンバー構成によっては恐縮してしまいます。

なので、主立った料理は銘々に届くか、串焼き、おでん、お寿司のように、何がどれだけ来たか、全体を把握しやすいもの、あるいは鉄板焼きのように、店員さんが均等にサーブしてくださるお店だと気兼ねがなさそうです。

飲み物は、ぜひ日本酒が充実していていただきたいところ。

でも、お猪口に少しずつ注ぎながら飲むのは得意ではないし、その都度どなたかに入れていただいていると、だんだん申し訳なくなってくるので、升の中にグラスを置き、溢れんばかりにたっぷりと注いでもらえる「もっきり」スタイル。

あるいはたっぷり入る大きめのぐい呑み等で飲むことができ、なおかつグラスやぐい呑みそれぞれの形や手触りに特徴のあるものが揃っていたら、もう言うことはありません。

…、理想のすべてが具現化されたシチュエーションを想像していると、予算が度外視になってしまいますが、全盲の僕にとってストレスのない飲み会、ざっと考えただけでも、意外と様々な条件が出てくることに驚きました。

実際には、どんな場所、どんなお店であっても、何も気兼ねせず出かけているのが実情ですので、機会がありましたら是非皆様、僕を酒席にお誘いください!

プロフィール
片岡亮太(和太鼓奏者/パーカッショニスト/社会福祉士)

静岡県三島市出身。 11歳の時に盲学校の授業で和太鼓と出会う。

2007年 上智大学文学部社会福祉学科首席卒業、社会福祉士の資格取得。

同年よりプロ奏者としての活動を開始。

2011年 ダスキン愛の輪基金「障害者リーダー育成海外研修派遣事業」第30期研修生として1年間単身ニューヨークで暮らし、ライブパフォーマンスや、コロンビア大学内の教育学専攻大学院ティーチャーズ・カレッジにて、障害学を学ぶなど研鑽を積む。

現在、国内外での演奏、講演、指導等、活動を展開。

第14回チャレンジ賞(社会福祉法人視覚障害者支援総合センター主催)、
第13回塙保己一(はなわ ほきいち)賞奨励賞(埼玉県主催)等受賞。

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