『香水が合わなくなったの、と彼女は言った』 / わたしの

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『香水が合わなくなったの、と彼女は言った』 / わたしの

「何かとんでもないことが起きている」
そう気づいたのは2022年の10月のことだった。

何かヤバいことが起きている。
その何かは分からない。はじめは自分でもうまく言葉にできない違和感でしかなかった。

それはちょうど「第七波」と呼ばれる2022年8月初旬をピークとした新型コロナウィルス感染拡大が徐々に収束していった時期のことだった。

これまでも「第六波」まで、文字通り繰り返される高波を乗り越えてきたのだが、「第七波」のあとは何故か不思議と「明けた」という気持ちになり(決して終わったわけじゃないことは分かっているのだが)、そろそろ生活をコロナ禍の前に戻すぞと意気込んで、3年実施できていなかった音楽活動も再開しようとしたのである。

人々は「祭り」に飢えていて、ここ数年のイベント不足で潤いを失い、日常の彩を求めて各種イベントの再開を希求する訴えをはじめていた。

それにこたえるような形で「第六波」の収束とともに初夏の祭りが解禁され、久しぶりの「祭り」に参加することで乾ききった大地に雨が浸透していくように潤いを感じたのだった。

そこに「第七波」が到来し一旦はイベントが中止や延期を余儀なくされたが、「第七波」の「明け」(8月下旬ごろ)からは「秋の祭り」ラッシュがはじまり、毎週末どこかでイベントが行われている状況になった。

小さな公民館のお祭りにたくさんの人々が押し寄せて、それでも人数制限をかけていたので会場にすら入れない参加者が多数発生していた。お菓子がもらえるゲームコーナーは長蛇の列で、開始15分で整理券の配布をやめた。

ゲームを目当てにして参加したが整理券がもらえなかった子どもは3時間後にもう一度並ぶように言われていた。この事態は運営側も予想ができていなかった。

不満はあったものの、それでも「祭り」が戻ってきた、コロナ禍以前のような生活を取り戻せると人々は期待しはじめたのであった。

ところが、「元どおりにやろう」としたときに、はじめて新型コロナウィルス感染症拡大がはじまってからの約2年半という月日の長さというのか重さというのか、隔たりというのかを感じ、振り返るといつのまにか自分がいた岸ははるか遠く見えなくなってしまっていて、想像していなかった沖へ押しやられているような感覚に陥ったのだった。

戻ろうと思ったが戻れない。

イベントに気軽に参加できていたけれど、できない。フットワーク軽くどこにでも出かけて行って人と会うことが好きだったけれど、できない。人と会うと少し鬱っぽくなる。体が重い。すぐに疲れる。

それはもはやコロナを言い訳にはできない、と思う。
コロナを言い訳にしてはいけないことに早く気づかないと深手を負いそうな気がする。

それは状況や環境が変化したのではなく、自分自身が変化したためだ。
そのことに人々が少しずつ気がつきはじめた時期だった。

最初の春、2020年2月、トイレットペーパーを買うために入った薬局で空っぽの棚に「売り切れ」の札を見たとき「あれ、何かヤバいことが起きているのかな?」と思ったのが私にとってのコロナ禍のはじまりだった。

それから2年半経った2022年10月、あのときと同じような危機感を感じた。もしかすると気づくのが遅かったのかもしれない。何か分からない、とんでもないことになっている・・・。

以前の自分と、今の自分が何故か一致しない。自分が自分ではなく、何か別の人間のように感じる。
3年も経てば人は変わる。そんなことは当たり前だ。

3年前の私が、今の私と同じ人間であろうはずがない。新陳代謝で全身の細胞だって少しずつ入れ替わり、皮膚も臓器も血液も3年前と同じものなんて一つもない。

しかしこれまで疑うことなく変わらず同一である、地続きであると考えていた。自分は自分であると同一性を保持しているつもりになっていた。そのつもりになっていた方が不思議だし、異常だった。

コロナは人々が当たり前のように錯覚していたこの同一性を揺さぶった。「何かとんでもないことが起きている」という直感の正体は、まさに同一性が保持できなくなったうろたえに他ならない。

「コロナの前に買った香水が合わなくなっちゃったの・・・」

それは例えばある女性が言っていたこんな言葉に象徴されている。withコロナの生活様式でマスクが当たり前になって売れ行きが激減したものに化粧品がある。

マスクで下の顔が隠れてしまうので化粧をしても崩れてしまうし、人前でマスクを外すことはないのだからそもそもする必要もない。香水をつけても誰もマスクで匂いを気にしないのだからつけなくても変わりはない。

これまでは自分を着飾るという意味合いだけでなく、お守りのようにしてそれらを使用していた女性たちは最初こそ抵抗があったものの、つける必要がないという意識がいつのまにか沁み込んで化粧や香水をしないことが日常になっていた。

コロナ禍が落ち着いて少しだけこれまでの生活様式を緩めようと、屋外ではマスクを外しても構わないと政府が打ち出したり、感染対策をしたうえでの会食の機会も増えてきた中で女性たちが再び化粧をしたり、香水を身にまとったときにある女性は「コロナの前に買った香水が合わなくなったの」という実感を持ったようだ。

「3年前の私と合わない・・・」

初期のころから「withコロナ」という標語が打ち出され、泣くな、挫けるな、コロナとともに生きていくことを人々は自ら納得しようとしてきた。

もう過去を振り返ることはやめて、昔に戻るのではなく、新しい生活様式で生きていくということを自分に言い聞かせてきた。

それを必死で分かろうとしてきた。

しかし、この状況に寄り添って生きていくということを本当に理解し、実感し、実践していくのはこれからなのではないだろうか。

深刻に考える必要はない。
人は変わるのだ。
変化に沿って生きていけばよい。

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