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介護の世界に入ることは、私にとって「必然」だった~介護と私~ / 寺内 勝

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介護の世界に入ることは、私にとって「必然」だった~介護と私~ / 寺内 勝

介護の世界に入ることは、私にとって「必然」だった~介護と私~
寺内 勝(ホームケア土屋 大宮)

私の人生の中で選択する職業として訪問介護、ましてや医療的ケアがある重度訪問介護を選ぶとは20代、30代では全く想像も、脳に文字も浮かんではいませんでした。

私の時代は航空、金融、旅行、IR系、広告代理店、商社、アパレル業界が就職では人気でした。

その中で私はファッションに興味があったのでアパレル会社に入社し、店舗の店長を経験。

その後は、営業をやりたいという気持ちが湧いてきて印刷会社の営業、人材派遣会社の営業を楽しくやっていました。

ここまででは今の業界に足を踏み入れるキッカケには出会っていません。一番長く勤務している人材派遣会社の中で、化学反応が起きました。

人材派遣会社では営業から始まり、それが一番長い経験でした。

その後は、官公庁や自治体の委託事業を専門に扱う部署に異動しました。

様々な委託事業でプロジェクト長を経験しましたが、その中でも「就労支援事業」が楽しかったです。

就職をしたい県民の方に、採用されるように履歴書の書き方、面接練習を実施。マナーやパソコン等の研修、また就職のアドバイスも行っていました。

ここで最初の出会いがありました。就職先が限定されたプロジェクトに出会った事です。

その就職先は介護施設だったので、県内にあるあらゆる施設に足を運び、環境や仕組みなどを肌で感じ、利用している方を間近で見て福祉業界に興味が湧いて来ました。

その時の会社にはグループ会社にデイサービスがあったので、キャリア・チェンジ制度でデイサービスの管理者をし、高齢者の楽しい笑顔、悲しい送別や、仕事にすることの生きがいなどを感じながら過ごしていました。

仕事をしていく内に、もっと専門的な分野で自分を試したい気持ちが強くなり、転職を決意しました。

その時はまだデイサービスのフランチャイズを展開する会社や、障害者の就労支援をする会社など迷いはありましたが、重度訪問介護、そして医療的ケアがあり、訪問介護を全国展開する会社に出会い、「就職するならここだ」と決めました。

そこに就職してからは高齢者、障害者等、色々な方の訪問介護をし、中には当然医療的ケアを必要とされる方もいました。

未経験ではありましたが、そこでたくさんの経験―失敗も含めてですが―をさせて頂き、より一層この業界で最後まで従事する気持ちになりました。

そして、今までの経験と希望を持って現在の会社「株式会社土屋」に入社しました。

ここにも私のやりたい「重度訪問介護」「医療的ケア」「訪問介護」が揃っていて、毎日楽しく、希望を持って仕事をさせて頂いてます。

しかし当然、楽しくない事、辛い事、大変な事もたくさんあります。どの業界でも同じです。

でも私の場合には1日、1週間、1ヶ月、1年で楽しい割合が多ければ「楽しかったな」「良かったな」と思うようにしています。

ここからは私の考えなのですが、十人十色と思って読んでください。

よく「人から感謝されたい」「人の為になりたい」という方がいます。

しかしこれを決めるのは相手なので、「感謝してくれない」「相手の為になってない」時には自分の精神が参ってしまいます。

ですので「感謝されれば儲けもの」「人に為に少しは貢献できているだろう」くらいの気持ちで臨んだ方がいいのかなと、最近感じています。

人間は赤ちゃんの時は親にある意味介護されて育ち、大人になって介護する側に立つ方もいる。

これは人間だけですね。

他の動物は、親が子供の世話をする種もいますが、子供が親の世話や他の動物の世話をすることはないですからね。

「介護と私」…これは必然だったのかもしれません。

プロフィール
寺内勝 関東ブロック ホームケア土屋大宮 エリアマネージャー

茨城県まれ。

今までの職業はアパレル業界でカジュアル店舗の店長、人材派遣会社での営業、プロジェクトマネージャーとして委託案件に多く携わる。

その人材派遣会社のキャリアチェンジ制度を利用してグループ会社のデイサービスで管理者として勤務、これがこの業界に入るターニングポイントになる。

その後は私の好奇心に火が付き、福祉業界をもっと知りたいと思い、退職。そして新たに重度訪問介護中心の会社に就職して基礎を学び、株式会社土屋に転職しました。

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