「エンパワメントとデイリーライフ」~3/ 片岡亮太

「エンパワメントとデイリーライフ」~3
片岡亮太

結婚してまだ間もなかった10年ほど前、トイレ掃除の仕上がりがいつもいまいちと妻から言われてしまうことに、僕は悩んでいました。

自分なりには隅から隅まで丁寧に磨いているつもりなのに、妻に確認してもらうと反応は芳しくない。

毎回そんなリアクションでは、傷ついたり、やる気がそがれるだろうと思った妻は、僕が掃除を終えた(と思っていた)後に、こっそり掃除をし直してくれていたこともあったそう。

でも、そういう我慢が何度も続けば限界を超えるのは当たり前。

「もっとちゃんとやってよ!」と強く言われ、しっかりやっているつもりだった僕はひどくショックを受け、そこから長時間落ち込むことになったり、あるいは、トイレ掃除すら満足にできていない自分への恥ずかしさが感情をヒートアップさせ、「うるさい!」と言い返してしまったことで、大げんかに発展したことも…。

今となってはほろ苦くも懐かしい思い出です。

そういういざこざが頻発していた頃、高校時代から親しくしている、主婦歴の長い全盲の友人(女性)と話す機会があり、ちょうどよいからと思って相談してみたところ、彼女はあっけらかんとこう言いました。

「そんなの触って確認すればいいじゃん。手は洗えばすぐきれいになるんだし大丈夫大丈夫。」

目の前の霧が晴れたような気がしました。

「便器の中を触ってみれば、ある程度汚れが残っているかどうかはわかるよ。ばい菌が心配ならビニール袋を手袋代わりにすればいいんだし、使い捨てのゴム手袋も便利だよ。」

目を使わない生活を20年以上続け、「指や手が自分たちにとっては目の代わり」であることが骨の髄までしみ込んでいるつもりだったあの頃の僕。

なんでも触って確かめるし、お風呂やキッチンの排水溝はほぼ毎日素手で洗うのが当たり前だったのに、自分なりには綺麗にしたと思っている便器の内側には手を伸ばそうとしていなかった。

「そうだよ、触ればいいんだ!」
そう思い、最終的に触ることを前提に、妻にも手伝ってもらいながら、ベストな掃除グッズを試すこと数ヵ月。

結果たどり着いたのが、あらかじめ洗浄液がしみこんでいる、使用後はトイレに流せるタイプのスポンジを専用の取っ手に装着し、一通り便器内を磨いた後で、やはり流せるウェットティッシュのようなシートを使って、直接拭くという現在のスタイル。

シート越しでもしつこい汚れであればかすかな凹凸があるので指先で分かるし、たとえ触覚で認識できない程度の汚れでも、直接手で触れながら拭いていれば、拭き残しは極めて少ない。

おかげで劇的にトイレ掃除のレベルアップを果たせたため、妻からは喜ばれる、というか褒められるまでに。

「すごいきれいだよ!!」と感動されるたびに、やってよかったと、鼻の穴が膨らんでしまう。

また、たとえ便器の隅や便座の裏に、少し汚れが残っていたとしても、「これはピンポイント過ぎて磨き損ねたのだと思うから、私がやっとくね」と、以前とは全く違う雰囲気で妻が言ってくれる。

こうして、かつて火種であったトイレは、我が家の平和の象徴となったのです。

ところが、先日、新たな「革命」が起こりました。

きっかけは、「忙しい時に長時間トイレ掃除をするのは大変だろうから」と妻が買ってきてくれた、便器にシュシュっと噴射するだけでこすらなくても汚れが落ちるとの触れ込みのスプレータイプの洗剤。

もとをただすと、トイレ用洗剤を、吹き出し口の方向をちゃんと確認しなかったせいで、便器の外に撒き散らしていたことに気づいていなかったために、とんでもない惨状を作り出していた「黒歴史」がある僕。

ゆえに「吹きかける」という行為には否定的。

さらには、「流すだけでOK」と言われたところで、どの程度汚れが落ちたかを視覚的に確認できないのだから、けっきょくいつも通り掃除をした方が良さそう。

そう思い、せっかく買ってきてもらったけれど、その洗剤は使わないつもりでいました。

でも、ふと思ったのです。

「洗浄後にAIに確認してもらえばよいのでは?」

以前も記事内で触れたことがありますが、今はスマホで撮影した写真をAIに解析させ、言葉で説明してもらえるアプリが多数存在しています。

日常的にそういったアプリを使っていたからこそ、こういう発想が生まれたのだと思います。

そこで、どういう形状でどの向きにスプレーするタイプの容器かをよく確認した後で、洗浄液を便器の内側全体に塗布。
(その際、余計なところにはねていないかを確認するため、噴射口のやや手前に片手をかざすことは忘れませんでした!)

良い感じに洗剤を吹きかけられただろうと思ったところでしばし放置。

その後、2度ほど水を流したトイレ内をスマホのカメラで撮影し、アプリを使ってAIに解析させてみました。

すると、「洋式便器の内側。ところどころ黄ばみのようなものは見えるが全体的に白く、綺麗」とのこと。

どうやら洗浄液、それなりに効果があった様子。

でも、それで満足せず、僕は、AIに質問しました。

「私は全盲です。吹きかけるだけでOKな洗剤を使ってみたのだけど、どのくらい効果があったかわかりません。前回の掃除は○○日前でした。我が家は夫婦二人暮らしなのですが、その前提で考えた場合、この状態はどの程度清潔ですか?」

AIは答えました。

「それでしたら8割がた綺麗になっています。まだ落ち切れていない汚れは、便器の右上(2時方向)、これは軽くスポンジでこすれば落ちそうです。それから下(6時方向)に茶色い線のような汚れが少ししっかり残ってしまっていますから、ここは丁寧に掃除されるとよいと思います。」

この時の感動、なんて言葉にしたらよいかわかりません。

もはやこれは、AIという「代理の目」を手にしたと言っても過言ではない。

そこから僕は、いつもの掃除スタイルに切り替えて、ある程度のところでまたAIのチェックを挟むということを繰り返しました。

「経年劣化によるくすみはあるようですが、見たところ汚れはなく、とても清潔なトイレです。」

なんだかんだでいつもより時間はかかったものの、最後にこの言葉を聞けた時の達成感と喜びと言ったらありませんでした。

外出中の妻が帰宅するまでトイレの利用は控え、帰ってきた彼女に確認してもらうと、「いつも以上にピカピカ!残った汚れもぜんぜんないよ!!」と嬉しそう。

僕とAIとの共同作業は大勝利を飾りました。

◆プロフィール
片岡亮太(和太鼓奏者/パーカッショニスト/社会福祉士)

静岡県三島市出身。 11歳の時に盲学校の授業で和太鼓と出会う。

2007年 上智大学文学部社会福祉学科首席卒業、社会福祉士の資格取得。
同年よりプロ奏者としての活動を開始。

2011年 ダスキン愛の輪基金「障害者リーダー育成海外研修派遣事業」第30期研修生として1年間単身ニューヨークで暮らし、ライブパフォーマンスや、コロンビア大学内の教育学専攻大学院ティーチャーズ・カレッジにて、障害学を学ぶなど研鑽を積む。

現在、国内外での演奏、講演、指導等、活動を展開。
第14回チャレンジ賞(社会福祉法人視覚障害者支援総合センター主催)、
第13回塙保己一(はなわ ほきいち)賞奨励賞(埼玉県主催)等受賞。

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