「エンパワメントとデイリーライフ」~2
片岡亮太
「真夏の暑い日だったから、凍ったおしぼりをお客様にお出ししようとしたのよね。そしたらその人、すご~く困った様子なの。それでどうしたのか尋ねたらね、『あの~、これ鮭の切り身なんですけど』ですって、キャハハハハ~!」
これは、中途視覚障害の女性たちとその支援者の方々によって立ち上げられた、「アリスの会」という団体を取り上げたラジオ番組でのワンシーン。
「アリスの会」は、視覚障害のある中高年の女性たちを中心に、その支援者、関係者などが定期的に集い、お互いの近況や経験談、困りごとなどを語り合うことで、日々をより楽しくしたい、そんな思いで立ち上げられた団体。
命名の由来は、『不思議の国のアリス』。
突如光のない世界に迷い込んで途方に暮れている自分たちはまるで、不思議の国を旅するアリスのようだと、この名を付けたそう。
ですが、色味が似ていたために、冷やしたおしぼりのつもりで、凍った鮭をお客さんに差し出してしまったと、大笑いしながら語る方の声や、その話に大爆笑している他の参加者の方の声は、不思議の国で右往左往している頃のアリスではなく、物語終盤、ハートの女王に果敢に立ち向かう、たくましいアリスの姿を彷彿とさせるものがありました。
それだけ、「不思議の国」を、時に迷い、時に苦悩しながらも、力強く歩いてきたということなのでしょう。
僕にはあの方のように、おっちょこちょいな失敗談を、みんなも笑ってしまうくらいに面白く話せる技量も、また、そういう「良いエピソード」も持ち合わせてはいません。
でも、昨年末にお会いし、「歯磨き粉」についてのお話をさせていただいたKさんのように、失明して間もない方やそのご家族などにお会いする際には、
「自分たちもなんとかなるかも」
そんな光が少しでも見えてくれたらと願って、お話をするように心がけています。
近しい状況にいながらも、それを当たり前のことと受け止めて生活している人の姿は、何よりの励まし。
僕自身、失明直後に地元の盲学校を見学に行った際、廊下を走り、階段を駆け上がる、後に友人となる全盲の児童・生徒の存在には、大いに勇気づけられたものでした。
弱視の状態から突如全盲になったことは、僕にとってまさに異世界へのワープ。
何もかもが変わってしまった空間を生き抜くには、「新しい生活様式」を自らにインストールするしかありませんでした。
歯磨き粉のつけ方もその一つ。
Kさん同様、それまでのようにはできないことに愕然とし、何も考えずに行っていた些細な日常の風景が自分のもとを去ってしまったという現実に、子供ながらに傷ついていた記憶があります。
ただ、「歯磨き粉問題」については、子供ゆえの柔軟性のおかげで、自力で解決していました。
そういう意味では、順応性の高い子供時代に失明した僕はラッキーだったのでしょう。
でも、独力で打開策を編み出せることなんてごく一部。
それゆえ、盲学校に転校して以降しばらくの間は、「見えなくなった」ことを自覚し、そこに対処する術を徹底的に教え込まれる日々でした。
例えば椅子に座る時、何も考えずにどさっと腰を落としたとたん、「思った場所に椅子がなかったら転んでいたかもしれないでしょ!」と盲学校の先生から叱られたことがありました。
先生から指導されたのは、お尻の脇に手を添え、まず手が座面に触れるようにしてから椅子に座るというもの。
そうすれば確実に椅子の位置を把握して座ることができるらしい。
なるほどと思いつつ、「目が見えないって、そんなところにも危険が潜むということなのか」と、何とも言えない衝撃を受けたことをよく覚えています。
他にも、当時学んだことはたくさん。
白杖(はくじょう)を持たずに屋内などを歩く時、障害物にぶつかる可能性がある場所では、顔の前とお腹の前にそれぞれ手と腕をかざす「防御の姿勢」をしておくことで、顔面や腹部を強打するリスクを下げられる。
つまずいたりぶつかる可能性を軽減させるために、椅子を引いたままにしたり、中途半端なところで引き戸やドアを開けたままにしない。
カレーライスをよそう時には、ライスとルーを左右に分けるよりも、お皿の真ん中にご飯を盛り、そこへ同心円上にルーをかけた方が、バランスよく食べやすい。
食事を終える際には、箸やスプーンで皿の端から少しずつ残ったものをかき集めるようにし、それらを口に運べば、綺麗に食べられる…。
挙げ始めればきりがありません。
時代も変化しましたし、そもそもこれらの手段は、母校のみで推奨していたことかもしれないので、視覚障害者に広く周知されている方法ではない可能性もありますが、こういった小さな工夫を身に着ける中で、僕は全盲であることを当たり前の日常と受け止めるようになっていきました。
もちろん、環境への適応度が上がるにつれ、簡略化される行動も多々あります。
代表は、「防御の姿勢」。
この文章を執筆するにあたって久しぶりにやってみたら、とてつもない懐かしさを感じました。
というのも、全盲生活が10年を過ぎたころからは、そんな姿勢を取らずとも、風の流れや音の響きが変化することを感じ取って、目の前の壁や障害物には気づけるようになったし、たとえ何かに激突したとて、痛みさえ引けば、たいして気にならない、そういうメンタリティになっていたからです。
余談になりますが、失明に伴い、生活のあらゆることに工夫が必要だったにもかかわらず、「食べ物をどうやって口に運ぶか」とか、「歯ブラシをちゃんと口に運ぶ」ための手段を教わったことはありません。
これは、理学療法士を目指して勉強をしていた友人から教えてもらって、とても感動したことなのですが、人は感覚だけで、自分の眼鼻や口の位置を認識できる「身体図式」なる力を持っているそう。
さらに、スプーンや箸、歯ブラシなど、道具を身体の一部のように感じる「身体拡張」という能力も備わっているため、歯磨きをしようとして、誤ってブラシが鼻の穴に入ることも、ワサビがたっぷりのお寿司を、目に当ててしまうこともないのだとか。
僕が撥(ばち)を腕の一部のように認識し、その先端で太鼓の皮をとらえられるのも、これらの感覚のおかげ。
つまり、僕は僕の身体が先天的に持ち合わせている様々な機能と、先人たちが培ってきた「生活の知恵」の合わせ技のおかげで、視力を介さずに、ごく当たり前の日常を自然に送れるようになってきたのです。
しかし近年は、長年当たり前だったそれらの生活術がすごいスピードでアップデートされることも増えています。
◆プロフィール
片岡亮太(和太鼓奏者/パーカッショニスト/社会福祉士)
静岡県三島市出身。 11歳の時に盲学校の授業で和太鼓と出会う。
2007年 上智大学文学部社会福祉学科首席卒業、社会福祉士の資格取得。
同年よりプロ奏者としての活動を開始。
2011年 ダスキン愛の輪基金「障害者リーダー育成海外研修派遣事業」第30期研修生として1年間単身ニューヨークで暮らし、ライブパフォーマンスや、コロンビア大学内の教育学専攻大学院ティーチャーズ・カレッジにて、障害学を学ぶなど研鑽を積む。
現在、国内外での演奏、講演、指導等、活動を展開。
第14回チャレンジ賞(社会福祉法人視覚障害者支援総合センター主催)、
第13回塙保己一(はなわ ほきいち)賞奨励賞(埼玉県主催)等受賞。






