見えにくい中での妊娠・出産・子育て⑨
水島恵
2000年、次男が小学校入学となりました。
長男の時は、多動への対応として、通学や校内での補助教員の件が課題でしたが、次男については、通学支援と補助教員に加え、教科書の課題がありました。
通学支援については、長男を担当してくださっていた事業所のヘルパーさんが、担当を次男へ移行してくださることで解決しました。
補助教員についても、長男の時の経験から教育委員会に任せておけば加配されると判断できたため、特に心配はしませんでした。
重大な課題は教科書の件でした。
次男はほぼ全盲ですので、通常の文字の教科書は当然読めませんが、かといって点字を習得し、読めるような発達段階でもありませんでした。
それでもやはり、本人の状態と可能性に合わせた教科書が給付されるのが権利として正しいと考え、どのように対応するか、教育委員会や支援者と話し合いを重ねました。
点字教科書は、通常の文字の教科書の数倍のページ数になり、1教科につき数冊にもなります。
当然、製作に時間も要しますし、費用も通常の教科書とは違い高額になるため、心配しました。
というのも、盲学校で学ぶ児童・生徒には、健常児と同様に教科書代が国費で保証されるのですが、地域の学校で学びながら点字教科書を使う児童・生徒には国費保証がなく、個人負担となってしまうのです。
個人負担はかなり無理があるため、過去のケースではそれぞれの地域の教育委員会が負担していたのが実情でした。これも当たり前のことではなく、説得に説得を重ねて、ようやく教育委員会が負担することになる、という状況です。
次男の場合は、まだ点字の読み書きができる発達状況ではなかったため、「(点字ではなく)普通文字の教科書の保証でよいのでは」と言われる恐れもありましたが、岡山市教育委員会は点字教科書の保証を認めてくれました。
そこで次に出た課題は、教科書の種類です。
盲学校では県の採択した教科書を使いますが、次男は市立小学校なので、岡山市教育委員会が採択した教科書を使います。
もし異なる教科書であれば、点字教科書を準備するのに時間と製作労力を要することになります。
幸いなことに、同じ教科書が採択されていたため、この課題は解決しました。
しかし、盲学校の点字教科書には副教材(図工の教科書など)がありません。
地域で学ぶクラスメイトは持っているのに、次男には無いという事態がおきるため、そこをどうするか検討しました。
やはり、みんなが持っているのに次男だけ無いというのは、次男自身のみならず、クラスメイトが抱く権利に対する感覚にも影響すると考え、点字教科書を作ることになりました。
道徳の教科書は支援者の方が点訳し、図工の教科書は我が家にボランティアとして来てくれていた岡山大学の学生さんが、文字の部分を点訳してくださいました。入学式までには間に合いませんでしたが、世界に1つしかないオリジナル教科書ができました。
次男が4年生になった時、地域で学ぶ児童・生徒の点字教科書が国費保証となりました。
我が家では、夫が文科省にしつこく電話をし続けたことも幾分か影響している筈と自負しています。
次男は保育園時代、月に1~2回、歩行のリハビリや訓練のために療育園や盲学校へ通い、ゆっくりではありますが歩けるようになり、通学路もなんとか自力で歩くことができました。
しかし、身体は小柄で筋力も弱かったので、教科書の入った重たいランドセルを背負った姿は、可哀想なくらいでした。それでも毎日嫌がらず、ほとんど休むことなく送った小学校生活で、体力もついてきました。
長男の時は、同じ保育園から一緒に入学する子どもが少なく、クラスもバラバラになり、同じクラスになったのは女子1人だけでした。
彼女とお母様は私たち親子を気に掛けてくれましたから、安心感はありました。
一方、次男の時は、同じ保育園から入学した子どもが多数クラスメイトになりました。
それが心強く、嬉しかったものです。
その安心感は、入学式当日に実感することになりました。その出来事は次号へ続きます。
◆プロフィール
水島恵
水島 恵(59歳)
岡山市在住
視覚障害(先天性緑内障)
岡山県UD推進アンバサダー
指圧・あん摩・マッサージ師
着付け1級(認定)
趣味は編み物、料理(特にスイーツ)、カラオケ、旅行、和装、講演・講座巡り






