「会社が~」「社会が~」ではなく、「あなたは」本気なのか / 伊藤一孝

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「会社が~」「社会が~」ではなく、「あなたは」本気なのか
伊藤一孝(アクティブプレイス土屋 三重)

■「本気」が未来を支えている

ここまで、「戦略」「作戦」「戦術・戦法」について触れてきた。先に、企業や組織が「変容」し「成果」をあげるための「基本」はあると記した。

そして、その「基本」の最後に、「本気度」と記した。

「基本」にあげた項目1~6については、多くの人が了解事項として理解できることだと思う。

だが7番目の「本気度」に、違和感を覚えた人もいるのではないだろうか。

「なんだ、最後は、気合かよ…」。そんな声も聞こえるが、言いたいことは、精神論ではない。

「あなたは、今の仕事に『本気』で取り組んでいますか?」

そんな問いを投げかけられた場合、人は、どのように返答するのだろうか。

ある人は口ごもり、また、ある人はまっすぐに「はい、本気です!」と答えるだろう。

「ほどほどに…」という人もいるかもしれない。では、それは本当か?

前職の会社では、特徴的な研修メニューを持っていた。

半世紀前から商品として販売もしているが、全従業員は定期的に受講しなければならなかった。

これは、土屋内で行われている「360度評価」をイメージしてもらえるとわかりやすい。

構造は、「自己評価」と「他者評価」のスコアギャップから課題を抽出し、本人が司会役となり、本人の「課題解決」のために参加者全員で「徹底討論」していくというものだ。

当時は、組織内からだいたい10名前後が研修所に集い、1泊2日の合宿スタイルが標準だった。

設問は「発動性」「本動性」「協動性」「確動性」にカテゴライズされていたと記憶している。

「あなたは(彼、彼女は)、今の仕事に『本気』で取り組んでいますか?」という設問は、「本動性」に含まれる設問の一つだ。

これらを自分で採点すると同時に、上司、同僚、部下も匿名で被験者に対して採点を行う。

被験者自身が他者の採点の平均点を集計し、自分の採点とのギャップが顕著なところから順位をつける。

「自己評価」と「他者評価」とのギャップが大きい設問が、その人の「課題」として浮かび上がるという仕組みだ。

ある人が「あなたは、今の仕事に『本気』で取り組んでいますか?」という設問に、自分で最上位の「5点」をつけたとする。

しかし、「他者評価」の平均点が「1点」だった場合、自分自身の「本気度」が周囲には伝わっていないという「仮説」が成立する。

それは何故なのか。本人の「本気度」の捉え方に問題があるのか。

仕事の進め方なのか。アウトプット方法がよくわからないのか。本当にやる気がないのか…。

被験者は自分では気づかなかった課題を受け止め、周囲は、その課題を克服してもらうために徹底的にアドバイスを投げかけていく。

「素直に受け入れろ」と迫る周囲と、かたくなに殻に閉じこもる人との間で、過酷なバトルが繰り広げられることもある。

男女問わず、思わぬ指摘に泣き出す人も少なくなかった。

そればかりか、席を蹴って研修所から帰ってしまう人もいた。

残念なことに、そのまま出社せず、辞表だけが郵送されてくるということもあった。

今は、やり方が変わってきているが、「ハラスメント」という言葉が一般的ではなかった昭和の時代は、なかなかハードな研修が、どこででも日常的に行われていたのである。

私自身にもこの研修では苦い思い出がある。

入社半年のタイミングで、初めてこの研修を受けることになったのだが、周囲の指摘を素直に受け止めることができず、場は膠着状態が続いていた。

当時の私は、クライアント企業の新卒採用のための広報戦略を担うクリエイティブ部門に属していた。入社半年。

広告制作ディレクターとして、自らの企画をライター、デザイナー、カメラマン、写植会社、印刷会社といったパートナーとともに生み出していく。

机上の企画が、実際に制作物としてカタチになりヨノナカに出ることが、ただただ、嬉しかった。

設問内容は失念してしまったが、話は「私たちは、何のために仕事をしているのか」といった流れになった。

その問いに対して私は、胸を張って「自分にしか生み出せない表現や企画を追求するため」と答えていた。

確かにそれは「手段」として間違いではない。

だが、問われているのは「目的は何か?」ということだ。

当時の私には、その違いがまったく理解できていなかった。

つまり、何のための「制作物」か、ということだ。

「穴があったら入りたい」とはまさにこういうことだと、今ではわかる。

だが、40年近く前の私は、全力で勘違いしていたのだ。

膠着状態を打ち破る口火を切ったのは、上司であるマネージャーだった。

「俺は、売上だと思うよ」と彼は言った。

周囲も同調する。6時間の攻防戦は、ようやく終結した。

上司をはじめとした参加者全員が、私に腹落ちさせようとしてくれたことは、こういうことだった。

「目的」と「手段」の違いを理解すること。

そして何より、「おまえは一生懸命だが、視野が狭すぎる」ということだった。苦しい体験ではあったが、今振り返ると、キャリアの礎となった出来事だ。

ありがたかったと、心の底から思う。

補足しておくと、「何のために仕事をしているのか=売上」という構図は正しくない。

何故なら「売上」とは、本来「目的」ではなく「手段」だからだ。

こうしたことを含めて、まだ入社半年の新人である私に、わかりやすく伝えるために上司は「売上」というキーワードをあえて使ったのだ。

「あなたは、今の仕事に『本気』で取り組んでいますか?」

そんな問いを投げかけられた場合、あなたは、どのように返答するだろうか。

そしてその返答は「自己評価」だけではなく、周囲からの「他者評価」と一致しているのだろうか。

一致させる「手段」は一つしかない。「情報開示」「情報発信」「情報共有」。

つまり、自分の考えを「本気で」語り続けることだ。黙っていては、誰にも何も理解されることはないのだから。

誤解、曲解されることも多々あるが、それでもやり続けるしかない。自分を信じて。

そしてもう一つ。自分自身の「本気度」の灯を絶やさないこと。

GAFAの一員である企業が、1990年代後半、トップ交代とともに打ち出した企業広報キャンペーンのCFはこうだった。

アインシュタイン、ボブ・ディラン、ジョン&ヨーコ、マリア・カラス、マハトマ・ガンジーなど10数名の「クレイジーな人たち=変革者」の映像とともに流れる「いかにもこの会社らしい」呼びかけは、こんな言葉で終わる。

「自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが、本当に世界を変えているのだから。」

ある自動車メーカーが東日本大震災の翌年、CF、駅貼りポスターを中心としたマルチメディアで企業広報を打ち出した。
異色ともいえるメッセージは、こんな一行で締めくくられている。

「負けるもんか。」

ありがたいことに上記2つのCFは、公式ではないがYouTubeで今でも閲覧することができる。

自分の「本気度」の灯が消えかかりそうになる時の「カンフル剤」として、実は今でもよく見ている。

私にとって、大切な「触媒」の一つだ。

プロフィール
伊藤一孝 アクティブプレイス土屋 三重

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