「我慢と僕」~3
片岡亮太
「人にぶつからないように、安全はちゃんと確保するから走ろう!」
妻のその言葉を合図に、品川駅の構内を二人でダッシュ!
公私ともにパートナーであり、各地で同じ舞台に立つことの多い僕たち夫婦の生活において、こういう場面は少なくありません。
特に、ちょっとでも早く帰宅したい時などは、3分後に発車する新幹線に乗るべく、お互いに大きな荷物を背負っているにもかかわらず、息を弾ませながら走ることが多々あります。(もちろん、人の少ないスペースだけですが)
片手は妻の肩や腕に触れ、もう片手には白杖(はくじょう)を握った体格の大きい僕が、駅のコンコースを駆け抜けていく様子、きっと周囲からは違和感と共に見つめられているのだろうなあとも思うのですが、そんな時には、「全盲の人だって走れるんだぜ!」と啓蒙しているような気持ちになります。
なんとか無事に乗りたい電車に間に合い、息を整えつつ席に座りながら、お互いの体力と、妻による僕の誘導の的確さをたたえ合えている瞬間は、なかなかに心地よいもの。
けれど、その一時的な興奮がおさまってくると、どうしても考えてしまうのが、「こういう自由な移動、一人の時にもできないかなあ」ということです。
僕が電車を利用するときの状況は前回書いた通り。
どうしようもないほどに不自由というわけではありませんが、さりとて自由かと問われればイエスとは言い難い。
思った通りの電車で移動できなかったり、駅員さんによる誘導の手配に予想以上に時間がかかることはしょっちゅう。
だからと言って一人で歩くと、危険な思いをすることもある。
ただ、時折車いすユーザーの方と一緒に電車を利用すると、ホームと電車との間の段差を解消するためのスロープを出してもらう関係で、駅員さんの手伝いが必須だったり、階段を避け、エレベーターやスロープのあるルートを選択せざるを得ず、かなりの遠回りを強いられるなど、僕たち以上の不自由と、時間的な意味での忍耐力が必要なことを実感します。
それを考えれば、長くてもせいぜい30分の待ち時間でどうにかなったり、いざとなれば、自力で歩いていく選択肢だってあるのだから、十分な環境と言うことだってできる。
そもそも、現状以上を求める行為は、気を付けないと今を否定することにもつながりかねないし、それによって自分の日常に対する不満を膨らましていくのも、健康的ではない。
だけど、3分から5分間隔で訪れる山手線に乗るため、走って階段を上り下りしたり、(決して褒められた行為ではありませんが)発車直前の電車に飛び乗ることのできる圧倒的多数の人たちのことが、とてつもなくうらやましく思える日があるのもまた事実。
そうやって揺れ動く気持ちをコントロールするうえで、僕が大事にしていることの一つは、誘導してくださる駅のスタッフの皆さんとの会話です。
度々利用する地元の駅は言うに及ばず、初めて訪れた駅であっても、誘導していただきながら駅員さんといろいろ話していると、電車の豆知識や駅のこぼれ話を聞けることが少なくありません。
中には、「偶然見かけたのですが、もしかしてお客さん、この前テレビに出てましたか?」と言ってくださる方もいます。
電車が到着して、会話が中断されることを残念に思うくらいに話が盛り上がる瞬間は、誘導していただく必要のある身体で生活しているからこそ出会える「素敵な楽しみ」の一つ。
その時間が生み出す光に目を向け、溜めこんだ我慢や不満を忘れること、それは、長年障害とともに生きる中で見出した、僕の大事な処世術であり、メンタルのケアの手段です。
時々、電車の利用に関して、ホームドアの設置の推進を切望したり、無人化や、みどりの窓口の閉鎖、タッチパネルのみで操作しなければいけない『駅員呼び出しボタン』が増えていくことへのクレームなど、視覚障害当事者や車いすユーザーによるSNS上での訴えがバズり、多くの人に拡散されることがあります。
その際、たくさんの共感と一緒にほぼ確実に発生するのが「わがままを言うな」という反論。
中には、当事者の一人である僕からしても、その主張が、あまりにも主観的だったり、感情的に鉄道会社を批判しているだけと思うこともあるので、投稿を非難するコメントの全てが的外れとも思いません。
けれど、現状を嘆き、改善を要求する言葉の向こうにはいつだって、積み重ねてきた「我慢」が限界値に達してしまったがゆえの怒りとか、その我慢を黙殺されてしまったことへの悲しみがあるように僕には思えます。
しかも、駅の利用とは場合によっては命にかかわるので、自分以外の障害のある人の生命を守るためにも、声を上げなければと、使命感を抱いて訴えを起こしている場合だってある。
実際、公共交通機関のバリアフリー化や、駅へのエレベーターの配備が、今日の水準まで進んだのは、そういう思いで立ち上がった、たくさんの障害のある先輩たちの活動があったから。
そういったことが考慮されることなく、画面に表示された言葉の表面だけをなぞって、「わがまま」とか、「無理な主張」と断じている、インターネット上のコメントや考察は少なくありません。
それらを読む時、僕の頭の中では、戦禍の中、日夜を問わず続く空襲や機銃掃射の恐怖におびえる人が、「戦いをやめてほしい」と訴えている様子を、ランチタイムに流れていたテレビで偶然見かけた遠く離れた国の人たちが、その戦争の背景、国家間、民族間、宗教間に刻まれた歴史などを知らぬまま、その場で感じたことだけをもとに自説を展開し合っている姿と重ねてしまうことがあります。
切実な声の根元には、失われた人命や怪我をした人、今後そうなるかもしれない人がたくさんいる。
そこまでいかずとも、ほかの多くの人は感じない精神的な負担を常に感じなければいけない人が一定数存在していることは事実。
もちろん、戦争とバリアフリーを並列で語ることはできませんが、恐怖や危険を肌身に感じ、自分たちの人権が脅かされていることに対し、声を届けたいと考える心情には共通点があると思うし、それを実際に味わったものでなければわからないこともたくさんあるはず。
日常の些細な言動を通して、大なり小なり誰もが我慢を蓄えていく。
そこに障害の有無は関係ありません。
しかしながら、マイノリティ性を有しているために否応なく引き受けなければいけない我慢というのは、やはりその他の我慢よりも心における重量が重いように僕には思えます。
40を過ぎ、中年に差し掛かった年齢ゆえでしょうか、認めたくはありませんが、これまでに積み重ねた「我慢」に心が疲弊し出していると感じることが増えました。
そういう瞬間には、ネット上に点在する刃のような言葉たちに思いがけずダメージを受けてしまう。
障害当事者も含め、多くの人が何気なく抱いている、「障害があるのなら我慢するのは当たり前」
そのような前提が、誰かの心を静かに、けれど確実にむしばんでいくこと、僕自身も忘れずにいなければと思います。
◆プロフィール
片岡亮太(和太鼓奏者/パーカッショニスト/社会福祉士)
静岡県三島市出身。 11歳の時に盲学校の授業で和太鼓と出会う。
2007年 上智大学文学部社会福祉学科首席卒業、社会福祉士の資格取得。
同年よりプロ奏者としての活動を開始。
2011年 ダスキン愛の輪基金「障害者リーダー育成海外研修派遣事業」第30期研修生として1年間単身ニューヨークで暮らし、ライブパフォーマンスや、コロンビア大学内の教育学専攻大学院ティーチャーズ・カレッジにて、障害学を学ぶなど研鑽を積む。
現在、国内外での演奏、講演、指導等、活動を展開。
第14回チャレンジ賞(社会福祉法人視覚障害者支援総合センター主催)、
第13回塙保己一(はなわ ほきいち)賞奨励賞(埼玉県主催)等受賞。






