「物語と障害」~3
片岡亮太
この10年くらいの間に書かれた日本の小説を読んでいると、思いがけず「障害」が物語に絡んできて驚くことがよくあります。
昨年から「ドはまり」し、ほとんどの著作を一気に読破してしまった、「中山七里(なかやま しちり)」さんや、今年になってから夢中で読んでいる、「松岡圭祐(まつおか けいすけ)」さんの作品たちはその顕著な例です。
お二人ともミステリー小説が主体ですが、主要登場人物が何かしらの障害を有していたり、凶悪犯罪を犯した加害者が障害者だったり、テロ組織の一員が障害者のふりをして主人公に近づいたりと、物語の重要な流れの中に「障害」が絡んでくる作品がたくさん。
それだけでなく、ストーリーのカギを握った人物が、たまたま障害のある人と出くわすシーンも多々あり、それはまるで、かつて僕が驚いた、スティーブン・キングの小説の中での、障害のある「ちょい役」たちの登場のよう。
また、突出していると僕が感じるのは、中山七里さん、松岡圭祐さんいずれの本も、障害のある登場人物が自身の障害について語る時の言葉や、障害が関係する心の動き、細かなしぐさなどの描写が、「身内に障害のある人でもいるのだろうか?」と思うくらいにリアリティがあること。
もちろんそれだけ細かな下調べや調査等をしたうえで著作に反映しているのだとは思うのですが、一昔前の、「こんな障害者はいないっ!」と思うほどに単純化され、ステレオタイプをそのまま人間の形にしたようなキャラクターが一人も現れないことに、驚きと感動を禁じ得ません。
ただ僕は、そういう、「自然な」形での障害者の出現は、物語世界をすべて作者の言葉だけで紡ぐことのできる、小説だからこそ可能なことなのかと思っていました。
でもそんなことはなかったようです。
2020年代の今、テレビドラマにも、そういう「波」が起き始めています。
恋愛もののドラマはすっかりご無沙汰である僕は視聴していなかったのですが、『恋です!~ヤンキー君と白杖ガール~』(2021年)や、『サイレント』(2022年)等は、内容そのものに人気があったことはもちろん、障害の描き方にも無理がなく、当事者も楽しむことができたという声をよく聞きました。
そして、僕が今年「おっ!」と思ったのは、4月にスタートした、福山雅治さん主演の連続ドラマ、『ラストマン―全盲の捜査官―』です。
この記事が公開される頃には、もう終わってしまっていますが、皆さんはこのドラマ、ご覧になりましたか?
主な内容は、FBIの特別捜査官で全盲の皆実広見(福山雅治さん)と、日本の警視庁の刑事、護道心太朗(大泉洋さん)がバディを組み、数々の事件を解決していくというもの。
犯人を追い詰めたり、事実を究明していく際には、皆実の卓越した聴覚や嗅覚、触角が鍵となることが多く、また、彼の視覚障害を補うためには、白杖や、スマホの音声読み上げ機能、文字情報や人の顔などを検知して音声化する、眼鏡型のカメラなど、様々な「支援機器」が登場する。
一方、犯人の追跡や、事件現場の状況把握のように、皆実の独力では困難なことを、護道を中心とした刑事たちが支援し、協力するシーンも度々。
視覚障害者の「できること」にスポットが当たってはいるものの、仲間たちとの関係を構築するにあたっては、皆実の障害が「足手まといでは?」という疑念、彼の捜査能力を信じない気持ちなど、障害があって企業や団体等で働いている人なら、誰しもが一度は経験しているであろう厚い壁を思わせる要素が道を阻む。
それらを、「人たらし」と称される皆実のキャラクターと、有無も言わせぬ実力とが相まって、良い体制へと変えていってしまう。
また、社会をはかなみ、自暴自棄になっている犯人に対し、弱いものを切り捨てる現代社会を批判しながら、自らの目が見えないからこそ、自分は大切なことに気づいた、あなたも大丈夫だ、そんな「感動的」な演説をしたかと思えば、その内容に心打たれた警視庁の面々に対し、「ああいうの、日本人は好きでしょ?」としれっと言って「障害」と「感動」とを結び付けがちな社会や、まさに数分前に作中で語られた言葉に、目頭を熱くしていたかもしれない視聴者さえもを皮肉る。
おそらく日本においては、かつてない設定のドラマでありながら、刑事もののドラマとして十分に面白い内容であるうえに、視覚障害や、障害にまつわる様々な「社会的障壁」のことを網羅しつつも、それらを描く上で、従来の悲劇や感動の象徴としての価値観にも、啓発的な視点にも、または社会批判的な思考にも偏っておらず、全ての要素を踏まえてはいつつ、全体として「ドライ」なテイストにまとめ上げていた秀逸な作品と感じ、僕は毎週欠かさず視聴していました。
また、皆実の「卓越した」耳や鼻、指先の感覚は、例えば、書類の内容をスマホの音声で聞き取る様子が映し出された際には、「僕は特別な訓練を受けたので、多くの目の見えない人よりはるかに速いスピードで音を聴き取れます」と、とんでもない速さで捜査資料を読み込んでいたり、犯人との格闘においては、音や気配で相手のパンチを避けたり、臭いを頼りに蹴りを食らわせたりするなど、「さすがにそれは無理だろうなあ」と感じるような場面も多々あります。
その程よく「フィクション」な設定が、福山雅治さんというスターによって演じられることで、なんとなく受け入れられてしまう点も興味深いところでした。
きっとこのドラマは、日本における「障害とテレビドラマ」の関係を語る上で、欠かせない存在となっていくことでしょう。
―つづく―
プロフィール
片岡亮太(和太鼓奏者/パーカッショニスト/社会福祉士)
静岡県三島市出身。 11歳の時に盲学校の授業で和太鼓と出会う。
2007年 上智大学文学部社会福祉学科首席卒業、社会福祉士の資格取得。
同年よりプロ奏者としての活動を開始。
2011年 ダスキン愛の輪基金「障害者リーダー育成海外研修派遣事業」第30期研修生として1年間単身ニューヨークで暮らし、ライブパフォーマンスや、コロンビア大学内の教育学専攻大学院ティーチャーズ・カレッジにて、障害学を学ぶなど研鑽を積む。
現在、国内外での演奏、講演、指導等、活動を展開。
第14回チャレンジ賞(社会福祉法人視覚障害者支援総合センター主催)、
第13回塙保己一(はなわ ほきいち)賞奨励賞(埼玉県主催)等受賞。
Blog: http://ameblo.jp/funky-ryota-groove/
youtube: https://www.youtube.com/user/Ajarria