『祭は不要不急ではない』
わたしの
2022年、7月。
近所の神社で、二年ぶりに例大祭(夏祭り)が開催されました。
境内に入るやいなや、大太鼓の振動が体を激しく揺らし、二年間凝り固まっていた細胞に細かいひびが入っていくように感じました。
そのひび割れに大盛況の祭の雰囲気が染み込んできました。乾いた地面に雨が浸透するように、潤いが体の中に一気に満ちました。
主催者の方のお話によると、昨年は開催を中止した方がいいという声が多かったそうですが、今年は是非とも開催してほしいという要望が多かったそうです。
地域の切実なその声に後押しされ、開催を決意したと言っていました。
お祭りは潤いであり、潤いのない日常に限界が来ていたと地域の方々は言っていました。
コロナ禍で、私たちは身を持って地域のお祭りがなくなるとどうなるかを知ることになりました。
殺伐とする。地域がカラカラに乾燥する。お祭りというものが、決して不要不急なものではないことを改めて教えてもらったのです。
◇
―祭は先人たちの偉大な発明―
2017年、コロナ禍以前。「わたしの」の初LIVE は町の小さな神社の境内にある神楽殿の前で行われました。
その様子は『新版・名前のない幽霊たちのブルース』というコラムでも紹介した通り、誰からも見向きされない状態だったのですが、それはさておき、私が気になったのはLIVE の場所についてです。
今回は、そのはなしをしていきたいと思います。
私は特に過激な運命論者では決してないのですが、偶然に起きたような出来事に対しても必然を感じることがあります。
経験の中で、縁と呼ばれるものはきっとあると感じてきました。
「わたしの」のLIVE が神社の神楽殿の前から出発したことも、偶然のような必然のような、どこか特別な意味を持っているように私に思えました。
私は里神楽や祭、年中行事といった土俗的なものに学生時代から関心があり、休みがあると地方の無形文化財に指定されたような(概ねひっそりと執り行われていることが多いのですが)伝統芸能、神楽、舞、儀礼などを見に行ったものです。
なんとも暗い学生時代ですがそれはともかく………。
そのうちに祭や神楽について自分なりに考察し、気付いたことがありました。
それは、『祭とは先人たちの知恵によって発明されたものである』ということです。なんのために発明されたのか、それは、地域社会のつながりを強くし、豊かなものにするためです。
この考えは「わたしの」のあり方の土台ともなっているものです。
「祭を模倣する」と私が表現するものですが、言い換えると「祭の原理」を使用することです。
「祭の原理」とは何かというと「本当の目的をプロセスの中に巧妙に埋め込むこと」です。
例をあげて説明しましょう。
例えば、私が子ども時代に住んでいた土地の祭には「御幸(みゆき)」というのがありました。
祭の参加者が大勢で御輿を担いだり、山車を引いたりしながら町内を練り歩くというものです。
「みゆきはじまるっちゅうよ」
「ほうけ、じゃ、いくじゃん」
「どこで?」
「知らんじゃん、音の鳴るほうにいけし!」
なんて言いながら、子どもは神輿を探して駆け回っていました。
「みゆき」では、揃いの法被を身につけることもありますが、法被を来ていない人でも一緒に歩いて参加できます。
大人が両手を広げても届くか届かないかくらいの巨大な木製の車輪がついた山車をみんなで引っ張ります。その山車の上では祭囃子が鳴り、神楽が奉納されていました。
重量も相当あるのでみんなで引っ張ったってスローな速度なわけです。
子どもや高齢者でも後ろからついて歩けるほどなのです。
神社を出発して町内を回り半日くらいかけて戻ってきます。
この「みゆき」の目的は神様をのせて町を練り歩くことで一年の平穏無事を祈ることであると説明されることがあります。
しかし、本当の目的は先人たちによって巧妙に仕掛けられています。
「みゆき」に参加してみると分かるのですが、普段は自転車や車で一瞬で通りすぎてしまう道をじっくり時間をかけて歩きます。すると町のことが見えてくるのです。
例えば「この家にはこの人が住んでるんだ」とか「この人はひとり暮らしなんだ」とか自然と分かってくるのです。
また「この人たちが家族なんだ」とか「あの人とあの人は気軽に話せるんだ」とか、誰と誰がどういう関係でつながっているかがおおよそ見えてきたりします。
また、普段話したことのない人とも、祭をきっかけに話をすることもあり、地域住人を知っていく機会にもなっています。
「みゆき」を体験すると、いつの間にか地域のことがよくわかります。強固な地域作りの土台になる体験を参加者に自然ともたらすのです。
祭の本来の目的がプロセスの中にあるというのは、このようなことを指します。
あることを実践していくプロセスを踏むことにより、目に見える結果とは別に、もっと大切なものを得ることだと言えます。
先人たちが意識的に本来の目的をプロセスの中に隠したのかは定かではありません。
当初はみんなの共有事項としてあったものが時の経過とともに形の中に隠れていったのかもしれません。
祭が形骸化してみえるのはそのような理由が一つにあるのかもしれません。
祭って意味があるの?無駄じゃないの?そう思ったことがある方がいたら、結果としてあらわれてくるものではなく、プロセスの中で得られるものに目を向けて、もう一度考えてみていただけたらと思います。
つづく