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いちにーのさーん。ドボン。 / 鶴﨑彩乃

いちにーのさーん。ドボン。 / 鶴﨑彩乃

いちにーのさーん。ドボン。
鶴﨑彩乃

「なんで?一緒に行こうや。」その言葉をかけられたとき、私は「ハッ」とした。

ハッとしたという表現方法はちょっと違う。ただ、涙が出そうになった。

声をかけてくれた彼女に涙を見られたくなくて必死に堪えた。

私の学生生活は、正直にいうと小中高とあまり楽しいものではなかった。

その理由は周りの障害理解が進んでいないからということではないと思うのだ。

もちろん、周りの人達の障害理解が進んでいれば、そこにいる当事者は居心地がいいし、物事も円滑に進むだろう。

しかし、その障害理解の最初の「第一歩」は、当事者から踏み出すべきだと思うのだ。

障害理解とか障害の説明とかそんなカッチカチのものじゃなくても、場面場面で

「私、服1人で脱がれへんねんやん。だから、こんな風に手伝ってもらっていい?」ニコッ。

ってできたらよかったのにと、30歳になってから学生時代の1人反省会をする私。

なんやこのなんとも言えん時間は。

まあ、それらしいことができたのが、私の場合は大学時代だったというだけの話である。

私は、大学入試をAO入試という形式(?)で受けている。

私の受けた大学では最も早く、受験日が来るもので、当時はグループディスカッションと面接があった。

私が通っていた特別支援学校には、制服がなかったためスーツを着たのだが、それを友人は目撃していたらしく、「社会人の人が受けに来たのかと思った。それにしては小さいなぁ…。と思ったんやけど。」という見事なオチつきで教えてくれた。

そんな他愛もない話を重ねて、たくさんの友人に恵まれた私は、たくさんの「大学生らしいこと」をすることができた。

飲み会・オール・旅行・花火などなど。

中でも、私が一生忘れられない出来事がある。

大学4年生のときのことだ。

当時私は、精神保健福祉士・社会福祉士の国家資格を取得しようとしていた。

2つの資格を同時に受験する人の会場はインテックス大阪しかなく、試験開始時間等もあり、先生からは、近くのホテルに泊まるように勧められていたのだが、受験で心も身体も大変なのにアテンダントさんの調整なんかできるかぁー!と思っていたため、早起きして通うかぁ。と友人にぼやいた。

すると、このコラムの冒頭の会話に行き着くわけである。

本当に驚いたけれど、「3人もおるんやし、なんとかなるやろ。」と私がオロオロしている間にスルスルと物事が進んでいった。

受験日前日、三ノ宮でラーメンを食べて、ダイエーで買い物。

わーわー言いながら大阪のホテルへ向かい、諦めていたお風呂も入ることができた。

大浴場にみんなでドボン。めちゃくちゃ楽しかった。ホンマに。

いちにーのさーん。ドボン。今やったら腰いってるな。

試験当日も、トイレ介助やら何から何まで友人達にお世話になった。本当にありがたい。

このキラキラした数日でいくつか学んだことがある。

1.やってみたいことはとりあえず、言ってみる。

2.友達になってもらえたら、色々と分かってもらいやすくて何かと手っ取り早い。

しかし、全員と友達になることは難しいと思う。

だからこそ、自分の障害を具体的に説明できる「力」を障害当事者が身につけていても損はないと思うのだ。

そして、その説明を聞く前から「可哀想」・「大変そう」とか思われずに「うんうん。」と聞いてもらえる社会の雰囲気をつくることが、「社会の多様性」を促進することにつながっていくのではないかと思う。

こんなにかたくなくても、自分のしんどさを誰かにしんどいとぶちまけるだけで、心がすっきりしたり救いの手が伸びてきたりする。

全ての生きづらさに対して、暖かな気遣いがされる世の中になってほしいと思う。

この間、エレベーターで「足、悪いの?」と声をかけてくれた男の子に、おもしろい「返し」を考えていたら、一緒にいたおばあさんに男の子が怒られてしまった。

ごめんよ。わんぱく男子。5秒で返せるおもしろいやつ考えよ。

プロフィール
鶴﨑彩乃 (つるさき あやの)

1991年7月28日生まれ

脳性麻痺のため、幼少期から電動車いすで生活しており、神戸学院大学総合リハビリテーション学部社会リハビリテーション学科を卒業しています。

社会福祉士・精神保健福祉士の資格を持っています。

大学を卒業してから現在まで、ひとり暮らしを継続中です。

趣味は、日本史(戦国~明治初期)・漫画・アニメ。結構なガチオタです。

050-3733-3443