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『看取りを経て考える死生観3〜高齢者介護の現場から〜』 / わたしの

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約6分

『看取りを経て考える死生観3〜高齢者介護の現場から〜』
わたしの

土橋:引き続き澄さんにお話を聞いています。「看取り」を経験する中で、より「今を生きる」ことに意識的になったということですが、「今、この人に会いたい」とか「今、ここに行こう」という希望はいつも思い浮かんでいるんですか?それともパッと思い浮かぶんですか?

澄(スミ):どっちもなんです。例えば、職場の入居者の方が、前日はAという職員が対応して大丈夫だったとしても次の日に同じ職員が対応したら暴れるってこともあるんですね。やっぱりその人の昨日と今日は違うし、昨日はAさんといることが居心地よくて落ち着いていても、今日はAさんではなく他の人がいいってもっともなことだと思うんです。そしてこれは高齢者だけではなくて、障害のある方も一緒だと思っています。人間ってそうだよなって思うんです。私も落ち込んだときに会いたい人と、元気で「話聞いてほしい!」って思うときに会いたい人と、何も考えずに無言で隣にいてくれるだけでいい人とか、多分その日の自分の状態によって会いたい人は変わるんですね。

土橋:そうだね。

澄:家族とか、幼馴染とかもちろん常に会いたいんですが、今日この人はちょっとさすがにしんどいなってときもあるし、今日はお酒飲みたくないけどこの人はお酒ありきでしか会ってくれないからいいやとか(笑)、逆に私がお酒飲みたいけどこの人はお酒飲めないから申し訳ないからいいやとか、そういうことを考えて会う人を決めながら動いてますね。

土橋:さっき「今を生きる」という話をしてくれたときに、一番最初に「この人に会っておこう」っていう「人」の話がでてきたんだけど、例えば「今、これを食べたい」とか「こういう場所に行きたい」っていう希望よりも、「人に会う」ということが優先されていることがとても印象的でした。自分だったら「今、これをやっておこう」っていう行為とか、物を手に入れるとかそういうようなことを言っちゃいそうなんですけど、澄さんの場合「この人に会っておこう」が真っ先に出たので、そのあたりはどうお考えですか?

澄:うーん、多分、最初から自己肯定感が高い人っていないと思ってて、私も自己肯定感そんなに高くないし、人に認められたい気持ち、承認欲求の塊だからですかね。人にこう思われたいとか褒められたいとか思っているんです。だから、常に言葉が厳しめな友だちに会うときは自分のメンタルが安定しているときじゃないと会えないですし、今日は何言われても駄目だっていうときは人に会わずに一人で動きますね。

土橋:その辛辣に言われることも大事なの?

澄:それこそ自分に甘く生きていると時には辛口で言ってくれる友だちが大事っていうんですかね。ずっと右肩上がりでいきたいんですけど、スピードが速すぎると「一旦落ち着いて考えよう」って制御してくれる友だちが必要なんです。

土橋:言ってくれる人は貴重だよね。

澄:甘々で、何でも肯定してくれると「じゃあいいんだ!」ってブレちゃうんですよね。そういう他者の意見は大事にしています。「今私こう思うんだけどどう思う?」って言ったら「あなたがやることなんでもいいと思う、何してもかわいいと思う」って言われて「あ、そうか」とはなりたくない。よくないことはよくないって言ってほしい。あってないと思うならあってないと言われて、そういう価値観もあるんだなってことを蓄えていきたいと思うんですね。自分の状況に合わせた人と場所を選ぶようにはしています。

土橋:少し話は変わりますが、澄さんはバンジージャンプ飛びたいと思ったらすぐ飛ぶでしょ?

澄:飛びました、去年も(笑)。

土橋:この前先輩に怒られたよ。職場のみんなでディスカッションする時間があったんだけど、そのときに私がこう言ったんです。「あるとき後ろから顔に袋をかぶせられて、車に乗せられてどこかに運ばれて、袋をとったらそこはバンジージャンプの場所だったらいい。つまりバンジージャンプのところまで拉致されたい。バンジージャンプを飛んでみたいけど、その前の予約や準備や手間とか、そこまで行ったりする道中が面倒くさいし、怖いし、やだ」そんな話をしたんですね。そしたら先輩が「ふざけるな!」と(笑)。そこに行くまでの恐怖も込みで快楽なんだって言うんです。

澄:私もそっち派です(笑)。

土橋:そんな話で職場で盛り上がってました。

澄:私は体育会系ではないんですが、登山とか一人で一泊二日でテントを背負って行くんですね。例えば頂上まで片道7時間かかるとして、「辛い」が前提なんですね。10キロぐらいの荷物が重いし、スマホも使えないし、そんな状況で黙々と歩きます。でもゴールはひとつしかない。「超辛い」と思いながら、たまに人に会って話したり、ひとりでご飯作って食べたりして7時間、そんな過程込みで頂上登って「超気持ちいい!!」ってなるんですが、それを頂上までのリフトがあってお金払って乗ることができたとしたら…もちろんそれもいいんですよ…時間をお金で買うというのも…あとは絶景の写真集とか、いろんな価値観があるのでなんでもいいと思うんですが、私はそれでは「満足しない」ので、麓から登りたいんです。

土橋:そういう辛いとか苦しいとか重いとか疲れるとかそういうプロセス込みで満足ってことですね。

澄:一回やるとはまっちゃいます。サウナ12分入って外出たあの感じっていうか(笑)。

土橋:(笑)。

澄:海外に行ったときも教科書で見たタージマハルが見たいっていう一つの目的があって、首都から新幹線のような特急が出ていてお金払えば早く快適に行けるんですけど、「あんなに見たかったものをそんな楽な方法で見ていいのか」って自分で自問自答して、結局地道に寝台列車で10数時間乗って行きました。そうしてたどり着いて見たときのタージマハルの美しさというか…感動というか…。

土橋:「そんな手軽な方法で見ていいのか!?」そこで自分を止められるのがすごいね。

澄:さっきの話に戻ると「こんな人生うまくいっちゃっていいんだ」という自分が右肩上がりで行っているときにちょっと止めてほしいっていうか、一旦考えてっていう友だちとか自分自身の中に飼ってる体育会系の自分を大事にしていますね。

土橋:おもしろいですね。自省してしまいます。

プロフィール
わたしの

1979年、山梨県生まれ。

バンド「わたしの」
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