「今、笑う」「今、真摯」という、計り知れないエネルギー~介護と私~ / 渡部有真

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「今、笑う」「今、真摯」という、計り知れないエネルギー~介護と私~
渡部有真(ホームケア土屋 秋田)

初めまして、こんにちは。

私、実は…介護を語れるほど経験年数があるわけでもなければ、国家資格を有しているわけでもありません。

何を隠そう、私は、介護業界に入職してからまだ大した時も経っていません。

私の介護に関する経験値も頭の中身も、まだまだ発展途上なもので、介護が私にとって何たるかを、今ここで皆さんにお伝えすることは、おこがましいにも程があると自負しております。

ただ、そんな私でも、今皆さんにお伝えできるこの場を設けていただきましたわけですので、私の個性的な主観にお付き合いくださいましたら幸いです。

さて、現在の私はといいますと、オフィスマネージャーとして、ホームケア土屋秋田の管理者兼任サービス提供責任者をさせていただき、不器用ながら日々奮闘しています。

さあ、話題を変えます。

秋田県といえば、水がきれい、ごはんが美味しい、お酒が有名などなど、とっても魅力が詰まった県です。

少し角度を変えて見てみましょう。

秋田県は、田舎、豪雪地帯、何にもない、過疎地などなど、それも側面としては大いにあてはまるものと思います。

そんな秋田県で私は、突如として重度訪問介護のお仕事を始めました。

話は遡ります。

重度訪問介護に出会う前はというと、法務省の仕事をしていました。

どんな仕事をしてきたかと言えば、多くは語れませんが、主に、裁判や組織に大きく関わる書類起こしをしていました。

実際に裁判所に出向いたり、組織の情勢を正すルールの見直しなどを担当していました。

「なぜ福祉の世界へ?」そう感じる読者も多いかもしれません。

私の性格というのは、

「自分が楽しむことを優先するよりも、誰かが楽しんでくれることを優先する」

性格であると自負しています。

踏ん切りがつかないながらも、ずっと漠然と「誰かが喜ぶ・誰かが笑顔になれる仕事がしたい」 そうずっと思って生きてきたんです。

当時私が行っていた仕事といえば、誰かの笑顔に結びつきにくいものばかりでした。

そんな自分に、何かこうコンプレックスを感じていました。

そんな自分を変えようと一念発起。その道として選んだ仕事が、たまたま介護だったということなんです。

そんな中で出会った重度訪問介護。

在宅生活を望むクライアントのために、より良いADLを目指すべく、より質の高い支援を行う…

医療的ケア(喀痰吸引、経管栄養)を必要とするクライアントには、県の認定を受けた上で、クライアントに対して、より清潔でより丁寧な間違いのないケアを施行する…

それらはもちろん大切なことです。

でも大切なことはそれだけじゃない。

私にとっては、「クライアントの笑顔」そして「アテンダントの笑顔」が重要なんです。そうです、そこに私の介護観があります。

「誰かの笑顔」を作ることができるなら、不器用でも下手でもいいんです。

実直に愚直に、しかし確実をめざす努力は、いつか必ず誰かを笑顔にします。

私が皆さんにお伝えできることをまとめてみます。

社会に認められ得る資格、確かな介護技術や経験はもちろん大切。しかし、介護に求められる本質はそこだけじゃありません。

いかに誰かが笑顔になれるか、また、いかに今を生きる生活を楽しいと感じられるか。

そこで支える誰かが、いかに介護をやりがいに感じて笑顔になれるか。

これからもこの先もずっと「みんなの笑顔」を追い求めて、突っ走っていこうと思います。

プロフィール
渡部有真 ホームケア土屋 秋田

■プロフィール
秋田県湯沢市にて、昭和60年8月24日、渡部家の長男として生誕。
実家は武道具店を経営しつつ、父は剣道場の初代館長として、母は武道具店の販売や修理等を担当して生計を立てている。家族はもう一人、歳が5つ離れた姉がいる。

▼父
見栄っ張りで頑固な面もあるが、性根はやさしく他者を思いやる心もある。元警察官。剣道の世界では秋田県内では、名の知れた剣士であり指導者である。

▼母
泣き虫で心配性。我慢強さもある一方ではおっちょこちょい。愛情深く、姉弟ともに、母からたくさんの愛を注いでもらっている。

▼姉
私が幼少時代の頃の印象は、負けん気の強さ人一倍、歌がうまく運動神経が抜群。秋田県では高校時代まで、名の知れた女子剣士であった。現在は、母の遺伝子を引き継いでいて、泣き虫で心配性。自身のことより他者のことを考えるやさしい姉。

裕福とまでは言えなかったものの、何不自由なく人並みの生活ができたことには心から感謝している。

▼渡部 有真 昭和60年8月24日生まれ(現在36歳)
長短所:私は他者から「細かい」と言われます。すべての物事には、それなりの道理や理由があると思っています。その性格も相まって、探求心が強く、「なぜ?」や「どうして?」を放っておかない、いや、放っておけない性分だと自負しています。ストレートに話すタイプだと思います。とは言いながら他人に対しても自身に対しても、甘さがたくさんあることもまた自負しています。楽しいことが大好きです。もっとも、自分の楽しさより他者が楽しんでいるかどうかを気にしてしまいます。他者からどう見られているかを気にしています。嫌われることを嫌います。とは言いながら、問題に直面した時には振返らずに真っ向勝負をしていることもあります。負けず嫌いです。

▼家族と生い立ち
父の影響、生まれ育った環境のせい?(おかげ?)もあり、3歳から剣道を始める。
小学校では、実家での稽古があるため帰宅部。小学校には、陸上部と相撲部がなかったため、シーズンになると校内から選抜された者が代表で大会に出場するという学校の風習があった。動けるちびデブで運動神経もそこそこあった私は、陸上部兼相撲部に選抜され、その時ばかりは剣士ではない道に尽力した。中学校になると剣道部に所属して、寸暇を惜しまず剣道の稽古・遠征・大会に明け暮れた。中学時代に残せた戦績も加味され、県内では名門で進学校である「秋田南高等学校普通科」に進学し、またまた、「起きては剣道」を繰り返す毎日であった。
そのおかげも(多少なりとも功績を残すことができたことも)相まって「早稲田大学スポーツ科学部スポーツ文化学科」に入学。大学では、キャンパスライフというよりか、社会勉強が9割で、またしても剣の道に明け暮れる毎日。剣豪が集う関東で、大学3年時には、自身の無力さに挫折し、約2カ月間の逃亡を経て、再び大学体育会剣道部に舞い戻り、大学4年時にはなんとか戦績を残すことができた。
その後、就職活動には大苦戦はしたものの、地元秋田に戻り、新卒にて法務省管轄の仕事に入職。国家公務員として勤務していたが、人々の笑顔が感じられる仕事を求める気持ちが日に日に強くなり、一念発起で介護業界へ。前会社への入社・退職を経て、「株式会社土屋」の常勤アテンダントとして重度訪問介護の支援に没頭する中、介護感を養うため「実務者研修」の資格を取得。
2021年7月1日付けで、ホームケア土屋秋田の管理者兼任サービス提供責任者に就任
2021年8月1日付けで、コーディネーターに昇格
2022年3月1日付けでオフィスマネージャーに昇格し、現在に至る。

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