「死なないように」じゃ足りない!「生きること」を支える。~ 重度訪問介護の現場から見えるもの ~
成田龍彦
重度訪問介護の現場で、私はコーディネーター(サービス提供責任者)として日々クライアント(利用者)とアテンダント(支援者)に向き合っています。
机上の制度論だけでは語り尽くせない、現場のリアルがここにはあります。
今回は、私の紹介と、そのリアルの一端について、伝えたいと思います。
■ 重度訪問介護を始めたきっかけ、始めてみて感じたこと、そして現在
僭越ながら、まずは私について紹介させていただきます。
――重度訪問介護を始めたきっかけ――
前職は製造業でした。間接職として、生産管理や生産技術など、モノづくりのサポートを10年間担いました。
そんな私が前職を退職して、なぜ全く畑違いの重度訪問介護を始めたのか。
きっかけは、登録していた転職サイトからのオファーメールでした。
「障がい者の介護」
私は、幼少期にボーイスカウトに入団しており、その活動の中で、障害者施設に訪問する機会が数回ありました。
障害を持つ方と触れる機会がほぼなかった私たちは、訪問しても“何をしていいか分からない”と、おどおどするだけ。
そんな私たちに、笑顔で近寄ってきて、喜んでくれる入所者たち。
周りの目や、自分の立ち位置ばかり気にしていた幼心に、得も言えない“優しさ”と“人間らしさ”を覚えさせられました。
その時の記憶が蘇り、“おもしろそう。合わなかったら、その時考えよう。”くらいの気持ちで応募しました。
――重度訪問介護を始めてみて――
いざ、始めてみると、“おもしろい!でも難しい…。でもやっぱりおもしろい!”と思うように。
- “モノ”相手の仕事だったのが、“人”相手の仕事になったこと
- 基本的に一人仕事であり、チームであっても、個々に委ねる場面が多いこと
- 想定される変化や問題、また、それらの対応方法において、質も尺度も異なること
これらをまざまざと実感する日々の中で、クライアントとコミュニケーションを取りながら、クライアントと一緒に、自分自身で考え、真摯な気持ちで支援にあたってきました。
当初は、未経験であったこともあり、クライアントから厳しい言葉をいただきながらの支援の日々。
ケアだけでなく、人間としても、学ぶことがとにかく多いこと多いこと…
少し慣れて信頼関係が出来始めたと感じた3か月後くらいに、表面上ではない、心のこもった「いつもありがとう」をクライアントからいただきました。
その日は、退室してから駐車場までスキップで移動した記憶として、私の心に美化した状態として刻まれています。(スキップはしていない)
介護を始めて約5年、未だにその思いは褪せることなく支援にあたっています。
支援は、もちろんクライアントの生活を支えるものですが、自身の精神衛生を良好に保つためにも、いつまでもその時の気持ちを忘れず大切にしていきたいです。
――現在――
現在は、コーディネーターとして、日々支援に入りながら、クライアント・アテンダント間の取り持ちや、事業所の体制保持・強化のための業務を担っております。
他にも、前職の経験を活かし、社内のDX活動にも携わらせていただいております。
クライアントの生活を守ること、そのために支援が円滑に回ること、これらを常に意識して業務にあたっております。
以上が、私についての紹介でした。
クライアントの生活・アテンダントの人生をより豊かにする一助になれるよう、日々様々なことを学びながら精進していく所存でございます。
それでは、今回のテーマである重度訪問介護のリアルについてお話させていただきます。
■ 重度訪問介護とは「生活の全部」に関わる仕事
重度訪問介護は、ALSや筋ジストロフィー、重度の知的障害・精神障害を併せ持つ方など、24時間体制の見守りやサポートを必要とする人を対象とした訪問型の障害福祉サービスです。
サービスの内容は、食事、入浴、排泄といった身体介護はもちろん、掃除や調理、外出の付き添い、さらには就寝中の呼吸器管理、深夜の体位交換まで、多岐にわたっての総合的支援のサービスとなっております。
しかし、その本質は「介護」ではなく「生活支援」であり、クライアント、ひいてはそのご家族の、「人生の選択を支える営み」だと私は捉えています。
単に何かを“やってあげる”のではなく、クライアントの意思を尊重し、その人が「どうしたいのか」「どう生きたいのか」を、心に寄り添い共に考えること。
それが重度訪問介護の核心です。
とは言え、クライアントが穏やかに過ごすことも大切なことです。
こちらの気持ちや考えを押しつけてしまわぬよう、塩梅に注意しながら支援にあたることが必要なものだと考えます。
■ コーディネーターとしての葛藤と判断
コーディネーターは、クライアント一人ひとりの思い・状況を踏まえて支援計画を立て、アテンダントの配置を調整し、現場との連携を取り続ける、いわば「支援の軸」となる存在です。
単なるマネジメント業務ではなく、日々変化するクライアントの体調や環境に応じて、柔軟かつ迅速に対応する判断力が求められます。
たとえば、あるALSのクライアントが気管切開をしてから、夜間のサポート体制を見直さなければならなくなったとき。
限られた人員の中で誰をどこに配置するか、他現場も担っているアテンダントの体力や経験値をどう見極めるか、クライアント本人と家族の意向をどうすり合わせるか――クライアント毎で抱える思いや考え方も違うため、すべてが綱渡りのような判断の連続です。
正直に言えば、理想通りにはいかないことの方が多いです。
しかし、その中で「今、できる最善」をクライアントやアテンダントの思いを聴きながら、日々少しずつ前に進めていく。
それがこの仕事の醍醐味でもあり、苦しさでもあります。
これまた、やっぱり楽しい…
■ アテンダントのケア――「支える人を支える」視点
現場で働くアテンダントの多くは、深い共感と熱意を持ってこの仕事に臨んでくれています。
しかし、24時間体制の支援の中で、精神的にも肉体的にも疲弊しやすいのも事実です。
特に長時間の夜勤や、意思疎通の難しいクライアントとの関わりは、アテンダント自身の心をすり減らします。
だからこそ、私は「アテンダントのケア」を意識的に行うようにしています。
定期的な面談や振り返りの場を設け、支援中の葛藤や違和感を吐き出せる場をつくること。
また、支援の成功体験を積極的に話し、「自分の関わりが誰かの人生を前に進めている」という実感を持てるようなポジティブシンキングを抱いていただくこと。
「いい支援」は、「いいチーム(前向きなアテンダントの集まり)」であってからこそ生まれる。
それが、私がこの仕事で学んだ大切な教訓のひとつです。
■ 制度と現実のギャップ――「生きる」ことの価値をどう捉えるか
重度訪問介護は国の制度として位置づけられていますが、まだまだ制度と現実の間には大きなギャップがあります。
支援時間の算定における制限や、自治体による判断のバラつき、さらにはアテンダントの処遇改善が追いついていないことなど、制度設計そのものが現場に追いついていないと感じる場面も多いです。
重度障害者が地域で「生きていく」ためには、生活のあらゆる場面で支援が必要です。
しかし、「どこまでが支援の対象になるのか」「生活の一部は我慢すべきなのか」といった議論がいまだに繰り返されているのが現状です。
私は、こう考えます。
「その人がその人らしく生きる」ことに必要な支援に、線引きは必要ないのではないかと。
重度訪問介護は、「生存」ではなく「生活」、さらに言えば「人生」を支えるための制度であるべきです。
昨今、SDGsが推進されたり、戦争などにより平和意識が高まっていたりと、世界中における過渡期であると捉えています。
福祉の世界も例外ではなく、最近「全国障害者地域生活支援事業者連絡会」(全地連)が発足されたこともそのひとつです。
これから、世界・国・個人の福祉に対する考え方に変化が出てくると思います。
今後、現実に寄り添った正当性のある制度改善の実現を切に願っております。
■ クライアントの「日常」こそ、私たちの原点
あるクライアントご家族が、春に入る頃、クライアントに向けてこう言いました。
「桜、見に行きたいね。」
正直、直前の著明な状態悪化により、外出するのは難しい状態でした。
実現させてあげたいけど、実現はとても難しいというジレンマに襲われました。
そんな気持ちのまま、次の支援に入った時、クライアント居室に1本の桜が咲いた枝が飾られていました。
「あぁそうか。行けないなら、持ってくればいいのか。」
単純な事でした。
私たちの日常とは異なる、クライアントの日常。
そのクライアントの日常に合わせた方法を模索する必要があったのです。
重度訪問介護は、決して派手な仕事ではありません。
むしろ、見えにくく、評価されにくい現場です。
しかし、そこには確かに「人が人として生きる力」を支える営みがあります。
アテンダントである私たちは、誰かの「当たり前の一日」を支えることで、自らの存在意義を確認しているのかもしれません。
ひいてはアテンダントの豊かな人生づくりにも繋がると、私は確信しています。
おわりに
重度訪問介護は、制度の隙間を埋める「最後の砦」ではなく、人間としての尊厳を守る「最前線」です。
コーディネーターという立場から見える現場のリアルを通して、この仕事の価値がより多くの人に伝わり、そして支援の輪が広がっていくことを願っています。
P.S.写真はクライアントと外出時に撮影したものです。(左が私)







