なぜ腰痛は介護職の職業病なのか? ~ 働く人が腰を痛める組織と、そうでない組織 ~
尾上悠太
介護職は、利用者の日常生活を支える上で欠かせない尊い仕事です。
しかし、その一方で、腰痛という「職業病」と隣り合わせであるという厳然たる事実があります。
多くの介護従事者が腰痛に苦しみ、それが離職の一因となることも少なくありません。
なぜ介護の現場ではこれほどまでに腰痛が多発し、深刻な問題となっているのでしょうか。
今回は大まかに4つの原因を挙げ、そのそれぞれについて深堀りしていきたいと思います。
まず一つ目は身体的負担の大きさについてです。
介護の仕事は、その性質上、利用者の身体を動かす介助が多くを占めます。
ベッドから車椅子への移乗、入浴介助時の抱え上げ、おむつ交換時の体位変換など、どれもが中腰や前傾姿勢での作業を伴い、腰部への負担が甚大です。
利用者の体型・体重は様々であり、時には成人男性を抱え上げるような力を発揮することも求められます。
さらに、これらの動作は一度きりではなく、事業規模にもよりますが、老健を例にとってみると、多ければ一日に何十回、何百回と繰り返されます。
例えば、夜勤帯に職員一人で複数の利用者に対し巡回や介助を行うケースもあり、休憩を挟まずに連続して身体を使い続けることになります。
このような反復的な負荷は、腰部の筋肉や椎間板に蓄積し、やがて疲労や損傷を引き起こす原因となります。
特に、日本の介護現場ではマンパワーが不足している施設も多く、一人当たりの負担が増加する傾向にあります。
これは、本来であれば複数人で行うべき介助を一人で行わざるを得ない状況を生み出し、腰痛のリスクをさらに高めていると考えます。
二つ目は不適切な動作と知識不足についてです。
身体的な負担に加え、不適切な介助方法が腰痛を悪化させる大きな要因となります。
例えば、膝を使わずに腰だけを曲げたまま介助を行ったり、利用者の身体を無理な体勢で持ち上げたりすることは、腰に局所的な負荷を集中させます。
多くの場合、介護の専門学校や研修で正しい身体の使い方や福祉用具の活用について学ぶ機会はありますが、実際の現場では時間的制約や人手不足、あるいは個々の慣れから、ついつい自己流の不適切な動作になりがちです。
また、介助技術だけでなく、体の構造や運動生理学に関する知識不足も問題です。
人間の体の仕組みを理解していれば、どの介助が腰に負担をかけるのか、どのようにすれば負担を軽減できるのかを判断できます。
しかし、そのような専門知識が十分に普及していない場合、無意識のうちに腰に負担をかける動作を繰り返してしまうことになります。
三つ目は精神的ストレスと疲労についてです。
意外に思われるかもしれませんが、精神的ストレスや疲労も腰痛と深く関係しています。
介護の仕事は、常に利用者の生命や健康に関わる責任を伴い、予測不能な状況への対応も求められます。
認知症の方への対応や、利用者からの暴言・暴力、あるいは人間関係の悩みなど、精神的な負担は計り知れません。
ストレスは筋肉の緊張を引き起こし、血行不良を招くことで、腰痛を悪化させる可能性があります。
また、精神的な疲労は集中力の低下を招き、結果として不適切な動作を引き起こす原因にもなりえます。
慢性的な睡眠不足や休息の不足も、体の回復力を低下させ、腰痛のリスクを高める要因となります。
精神的な不調が体の不調として現れることは珍しくなく、特に介護職のように身体的負担も大きい仕事では、両者が複合的に影響し合って腰痛を慢性化させるケースが少なくありません。
四つ目は環境要因と組織の課題についてです。
最後に、環境要因や組織的な課題も無視できません。
例えば、狭い空間での介助、高さの合わないベッドや手すり、滑りやすい床などは、介助者の身体に余計な負担をかける原因となります。
十分な広さや機能性を備えた設備が整っていない施設では、介助者は不自然な体勢で作業を強いられることになります。
また、組織としての腰痛対策の不徹底も深刻です。
例えば、定期的な研修の不足、福祉用具の導入の遅れ、腰痛予防のためのマニュアルの未整備などが挙げられます。
スタッフの健康管理に対する意識が低い組織では、腰痛を発症しても適切なケアや休養が取れず、悪化の一途をたどる可能性もあります。
腰痛は個人の問題として片付けられがちですが、「実際には組織全体で取り組むべき課題」なのです。
介護職における腰痛は、単一の原因で起こるものではなく、身体的負担、不適切な動作、精神的ストレス、そして環境・組織的課題が複雑に絡み合って生じる複合的な問題です。
介護を「職業病」から守るためには、これらの要因を多角的に捉え、個人の意識改革だけでなく、組織全体での環境整備や教育体制の強化、そして社会全体での介護職への理解と支援が不可欠です。
尊い介護の仕事が、働く人々の心身を蝕むことのないよう、私たち一人ひとりがこの問題に真剣に向き合う必要があると考えます。
最後までご高覧いただきありがとうございました。
◆プロフィール
尾上 悠太 ホームケア土屋 長崎
尾上 悠太(おのうえ ゆうた)
長崎県出身。釣りが趣味。






