「エンタメのバリアフリー」~1
片岡亮太
先日、可燃ゴミの日に一緒に捨てられるものはないだろうかと、私物を整理していたところ、「見慣れない」ならぬ、「触りなれない」印刷物が数枚発見されました。
そんな時、今までなら妻に声をかけ、読んでもらうのが常でしたが、最近は違います。
スマホのカメラで文字を検知し、音声で読み上げてくれる機能を持ったアプリ、「Seeing AI」を立ち上げ、内容をチェック。
無事、大事な書類であることがわかり、しかるべき場所へしまうことができました。
同種の機能を持ったアプリは他にもありますし、その性能は日々進化しています。
だから、用途に合わせて適宜使用するアプリを選択すれば、かつては自力での判別が不可能だった紙媒体の書類も、ほとんどの場合、おおよその内容は把握できる、そういう状況になってきました。
近年では、視覚障害者単独での歩行をサポートするアプリも多数開発されており、それらを使って、初めて訪れる場所でも躊躇なく外出する視覚障害者はたくさん。
さらには、何か困った時にアクセスすれば、登録しているボランティアの人とビデオ通話ができ、探し物や、自力では難しい詳細な書類のチェックなど、視力を要する支援を求められるアプリ、「Be My Eyes」なども、多くの視覚障害者の生活をサポートしてくれています。
こんな風に、数年前には想像もできなかった技術の数々が気軽に手に入るようになっていることに、今でも時折めまいを起こしそうなほど驚いてしまいます。
そしてそういう状況は、いわゆる「サブカルチャー」と呼ばれるアニメやゲームなど、エンターテイメントの分野にも言えることです。
弱視だった10歳までの子ども時代、僕はアニメを見たり、テレビゲームで遊ぶことに夢中でした。
今から約30年前というのは、日本のアニメやテレビゲームの業界がどんどん勢いを増し、その質や内容を充実させていた時期。
世界を席巻する一つのカルチャーとなっている今日の状況の土台は、まさにあの頃作り上げられたと言っても過言ではないでしょう。
うねりのような盛り上がりと共に大きくなるブームを目の当たりにしながら、「ものすごいことが起きている」。子どもながらに漠然とそんなことを感じていました。
中でも心惹かれていたのは、『ドラゴンボール』や『ドラゴンクエスト』をはじめ、原作やキャラクターデザインを、漫画家の鳥山明さんが担当していた作品。
あの独特な髪形や目、衣装や鍛え上げられた筋肉を見ていることが好きで、小学2年くらいの頃からは、絵描きをしていた母親の影響もあって、僕もノートやスケッチブックにイラストを真似るようになりました。
良く見えていない目を駆使して、雑誌やカード、ゲームのパッケージ等に描かれている様々なキャラクターたちのディテールを凝視しては、鉛筆の色が顔に移ってしまうほど紙に顔を近づけながら、絵を描き続ける毎日。
もしかしたら目にはよくなかったのかもしれませんが、今でも、当時描いていた多くのキャラクターのことを一瞬で思い出せるほど真剣に机に向かっていたことはよい思い出です。
しかし、くしくも、僕が失明し、全盲になったのは、そんな絵を将来仕事にしたいという淡い夢が芽吹きだしたばかりのタイミング。
思うように絵が描けなくなった、それは、当時の僕にとって大きな喪失であり挫折でした。
また同時に、毎週のように新たな変身を遂げ、その姿を変化させていた孫悟空や魔人ブーをはじめとするドラゴンボールの登場人物たちの様子を、もう見ることができなくなったことや、雑誌やテレビのコマーシャルで一部の映像は公開されており、発売を心待ちにしていたゲームソフト(詳しい方ならわかると思いますが、『クロノトリガー』という、現在でも不朽の名作と呼ばれている作品です)の世界を旅することが叶わなくなったことにも、言葉にならないほどの悔しさや切なさを感じていました。
音だけで鑑賞するドラゴンボールだって、キャラクターたちのセリフを聞いていれば物語は十分に把握できるし、戦いの結果だってわかる。
けれど、かつてワクワクしていた戦闘シーンは、様々な効果音と、「おりゃあ~」、「グハッ!」、「ウワ~」の嵐。
「何が起きているのだろう?」
「新しいスーパーサイヤ人はどんな髪型で、どんな色なんだろう?」
「あの技はどんなポーズで発せられているんだろう?」
「かめはめ波は今、どんな進化を遂げているんだろう?」
等々、絵に対する疑問があふれてしまい、目で見ていた時のような興奮が伴わない。
たとえ一緒に見ている家族が言葉で説明してくれたとしても、家族にとっても初めて見る映像なのだから、その解説はどうしたって不十分になってしまう。
いつしか僕にとってのアニメの視聴とは、ざっくりとしたあらすじを理解できれば十分満足、そういうものとなってしまい、少しずつ気持ちの上で距離が生まれるようになっていきました。
一方、テレビゲーム、とりわけドラゴンクエストなどのように、「RPG」と呼ばれる、物語の登場人物を操作し、謎解きや敵との戦闘を繰り返しながらストーリーを進めるタイプのものは、全てが文字や絵など、視覚情報のみで表示されるため、自力で遊ぶことが不可能になってしまい、僕にとって一切楽しむことのできないコンテンツとなりました。
その気持ちと折り合いをつける手段は、「仕方ない」とあきらめること以外にありませんでした。
プロフィール
片岡亮太(和太鼓奏者/パーカッショニスト/社会福祉士)
静岡県三島市出身。 11歳の時に盲学校の授業で和太鼓と出会う。
2007年 上智大学文学部社会福祉学科首席卒業、社会福祉士の資格取得。
同年よりプロ奏者としての活動を開始。
2011年 ダスキン愛の輪基金「障害者リーダー育成海外研修派遣事業」第30期研修生として1年間単身ニューヨークで暮らし、ライブパフォーマンスや、コロンビア大学内の教育学専攻大学院ティーチャーズ・カレッジにて、障害学を学ぶなど研鑽を積む。
現在、国内外での演奏、講演、指導等、活動を展開。
第14回チャレンジ賞(社会福祉法人視覚障害者支援総合センター主催)、
第13回塙保己一(はなわ ほきいち)賞奨励賞(埼玉県主催)等受賞。