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『おやすみ、大好き』【前編】 / わたしの

『おやすみ、大好き』【前編】 / わたしの

『おやすみ、大好き』【前編】
わたしの

土橋:今回は知的障害者支援の仕事に携わる亜澄さんにお話を聞きたいと思います。よろしくお願いします。

亜澄:よろしくお願いします。

土橋:亜澄さんは小学2年生の娘さんの母親でもあるんですよね。

亜澄:はい。

土橋:いつもちょこちょこお話をするのが楽しいんですけど、今日はインタビューという形でお話を聞きます。でも、いつもどおりラフに話しましょう。

亜澄:そうですね(笑)。

土橋:亜澄さんはフランスに留学した経験をお持ちですよね。

ずっと聞きたかったんですけど、フランスに留学した時に、フランス人全体に言えることかどうかは分からないんだけど、文化的にも自由の国というところで日本人と考え方が違うところがあると思うんだけど、自己主張とか、自由とかで、違いとか感じたことはあるんですか?

亜澄:違いというのかな…、すごいこういう人たちなんだなと思ったんだけど、多分、映画とかでも知ってるかもしれない。

私が知ってる人に限ってのことかもしれないけど、なんかわざと捻くれたことを言うの。

わざと喧嘩を吹っ掛けるみたいな。討論が好きなんですよ。

それについてとことん話し合いたいみたいな感じで、日本人ももちろんいろんな人がいるけれども、ことを荒立てないようにするところあるじゃないですか、それの反対。わざと荒立てる、みたいな。

でも私は、それがすごいおもしろいなって。

自分はそうはなれないけれど、自分の意見を言えるのってすごいいいことだと思うの。

全てが違うので、違和感とも思えないくらい。

ああ、こういう人たちなんだなって。そういう人たちの中に、私はいるんだなって感じでした。

土橋:言いたいことは言うってことですね。

亜澄:そう。でも言いたいことは言った方がいいですよね。

土橋:「思いを汲む」っていう日本人の文化とは違うんですかね。

亜澄:フランスの支援者の映画があるんだけど、まだ見てなくて、どういう支援しているのかな?と思って。

やっぱり「寄り添う」ということ一つとっても違うのかなと思うの。

だから、その人にとっての、当事者にとっての「幸せ」も日本人とはちがうから、支援の仕方もちがうんじゃないかと思う。

どうなりたいのかっていう求めているものも違うから、こうしてあげたいというものも違うんだなと思う。

実際は分からないけどね。

土橋:確かに、文化のベースが違うと現れてくるものもちがうでしょうね。

亜澄:だって子育ても違うもんね。赤ちゃんの時から一人で寝かすとかあるでしょう。

大人が会話しているときに子どもが話しかけたら、ちょっと聞いてあげるとかするけど、フランスだと「大人の話だから入ってくるな」ってなるかもしれない。

私がホームステイしていたところは大人が子どもにはそのように接していた。そういうのが当たり前なんだなと思った。

土橋:大人と子どもが明確に分かれているのかな。

亜澄:そうだね、分かれてるのかも。大人の時間があるからね。

ご飯も別にしているところもあって、子どもを先に食べさせて大人はスープからゆっくりっていうところがあるらしい。それは家庭によってかもしれないけど。

土橋:思い出したことを取り留めもなく言うんですが、アメリカンスクールと日本の小学校に同時に通っている子どもがいて、ある時作文を書いて二つの学校の先生に見せたそうなんです。

「昨日、家族で牛丼を食べました」みたいな内容を書いたところ、アメリカと日本の先生の反応が全然違ったんだそうです。

日本の先生は、赤ペンで語彙や文法で間違っているところを修正して返してきたんだって。

ところがアメリカの先生は「牛丼を食べたんだ!」「それはすごいね!」「どんな味がするんだい?」「先生も食べてみたいな!」ってコメントを返してきてくれたらしくて、二つの国の教育の違いを感じたっていうエピソードがあるんです。

亜澄:あー!私ね、それですごい悲しい思いをしたことがあって、娘が小学校一年生のときに書いた作文を先生が「全直し」してきたことがあるの。

土橋:全直し?

亜澄:そうなの。それで悲しかったんです。

子どもの文章がまったくなくなって、先生の文章が裏に書かれていたの。

土橋:それはひどい。

亜澄:ひどいですよね。全部書き換えられてしまったの。

私は、娘の文章いいじゃん!って思ったんだよね。

だけどそこにさ、自分の娘が思ったことじゃないことが書いてあるから、本当にこれを書いたのって?聞いたら、先生がそう書けって言ったんだって。

土橋:それって、どうなのかな?

亜澄:次に作文書くときに自信がなくなっちゃうんじゃないかな。

どうしてそういう風に指導するのかなって思ったんだけど。

土橋:文法の修正とかは、もっと後になってからでいいと思うんだよね。

文法とか書き方とかは後回しで、それよりも、とにかく表現したことを「いいよね」「伝えてくれてありがとう」って返す方がどんだけ子どもの成長につながるか。

亜澄:もっと書くことの楽しさとか、表現することの楽しさを教えるとかそれが大事なんじゃないかなと思うんだけど。

土橋:意欲を大切にするとか、モチベーションも持たせるとか、教育にとって本来は一番大切な部分ですよね。

【後編】につづきます

プロフィール
わたしの╱watashino

1979年、山梨県生まれ

▼ 音楽
わたしの音楽

▼ 文
わたしのコラム

050-3733-3443