なぜ土屋で働こうと思ったのか? / 青木健太

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なぜ土屋で働こうと思ったのか?
青木健太

私は10年前、柔道の部活中の事故により頚髄を損傷し障害者となった。

四肢が動かせず夜間は人工呼吸器が必要な状態です。

こんな私ですが本年(2021年)9月より株式会社土屋に入社させていただきました。

約3年前からクライアントとして重度訪問介護を利用し、一人暮らしをしておりましたが、スタッフとしても土屋にお世話になることとなりました。

受傷してから約10年。

受傷当時は障害者になった自分を受け入れられず、自暴自棄になって将来を想像するのも嫌だったあの頃から比べれば随分と充実した生活になっている。

自立とは親や他人に頼ることなく独り立ちすること。

これが一般的な考え方であると思う。だとすれば私は一生自立は出来ない。

私は沢山の人に支えられ生きていられる。今思い付くだけでもざっと50人。

職種は様々だが、障害者が生きるのは大変だと痛感する。

ではどうすれば自立できるのか。

私はこう思う。頼れるものには頼り、出来ることは出来るだけ自分でやる。

そして一人で抱え込まず、困った時にきちんと助けを求める。

単純だが、これが一番大切だと思う。

四肢麻痺で不自由が多く、そんな状態で何が出来るのかと思われる方が大半だと思う。

しかし幸いなことに脳は正常だ。コミュニケーションも取れる。

ただ残念なことに首から下は自分の意思ではぴくりとも動かない。

障害や病気になったときに考えがちだが、失ったものばかり目につき数えてしまう。

逆に残ったものには意外と目がいかないものだ。

「事故で全身不随になってしまったが目が見えて音が聞こえる、匂いが分かって幸せだ」なんて思えないだろう。

障害への理解、自分を知るためには長い時間がかかり、少しずつ向き合っていくものだ。

さて本題の「なぜ土屋で働こうと思ったか」について、ここまで述べてきた私なりの自立と障害への理解がある程度成熟した時、社会に出て仕事に励み、給料をもらい、おいしいご飯を食べたいと思ったのだ。

ハンデはあるものの、考え方と方法次第で働くことは可能だと前職で学んだ。

約3年間、重度訪問介護を利用し生活していたからこそアテンダントは私の状態を理解して頂いている上、出来ないことも分かってくれている。

これ程までに充実した環境があるだろうか。

この充実した環境を活かして日々学び精進していく。

この人は何が出来るんだ?と思われているだろう。

そう思っている人に、この人はこんな事もできるんだ、と思わせられるくらいになり、私は重度障害者のパイオニアを目指す。

プロフィール
青木健太

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