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『看取りを経て考える死生観〜高齢者介護の現場から〜』 / わたしの

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『看取りを経て考える死生観〜高齢者介護の現場から〜』
わたしの

土橋:本日は澄さん(スミさん)にお話を伺っていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

澄:よろしくお願いいたします。

土橋:はじめに澄さんがどんな方かご紹介したいのですが、現在は特別養護老人ホーム(特養)で介護士として働いているということでよろしいでしょうか?

澄:はい(笑)。夜勤もあります。交代勤務で入居者の方に24時間365日のケアをしています。

土橋:入職して何年目ですか?

澄:3年目です。

土橋:新卒ですよね。

澄:そうです。26歳、女性です(笑)。

土橋:ありがとうございます。それではさっそくお話を伺いたいのですが、澄さんはこのような仕事に就く前に高齢者と関わることは身近にあったんですか?

澄:自分が直接介護するっていう機会はなかったんですけど、実家の隣に父方の祖父母の家があって祖母が認知症になったときに、母屋に介護用ベッドが搬入され、いわゆる老々介護がはじまったのを見ていました。今までの祖母と様子が違ってきて、精神面も荒れてきたのでそこから施設に入所していく流れまでは見ていました。施設にいる祖母に面会もしていました。

土橋:澄さんが働いている施設の方は認知症の方も多いですか?

澄:ほとんどそうです。

土橋:実際に働いてみて、認知症のある高齢者と関わってどうですか?

澄:先ほどの話にもあったんですが、私は幼いときから見てきた祖母と、認知症になった祖母を同じ人物として見ちゃうから目の前にいる認知症の症状が出ている祖母を受け入れられないときがあって、面会に言っても返答してくれない祖母に話しかけるのが恥ずかしかったり、今までいろいろよくしてくれて料理も作ってくれたのに別人だなって思って落ち込むことが多かったんです。しかし、施設にいる認知症の方に対して職員として接するのは、言い方が悪いんですけど「他人」だし、その方の今までの人生を話でしか聞けないし、入所されてから職員と入居者の関係なので結構割り切って介護をし、関わりを楽しむこともできます。

土橋:家族だとやはりそこは…。

澄:元どおりに戻ってほしいとか、認知症は治るとか思うし、思いたいんです。この薬は認知症を遅らせる薬ですって持ってきてくれるご家族もいらっしゃいますけど、職員としては今のその人を受け入れることが、その人にできるケアなので過去に戻るというよりも、今この人が困っていることに対して…例えば排尿コントロールが難しくなったから排泄介助を行うように、その人の直面している困りごとに対して専門職としてどう対応していくかと割り切れるんです。あと、病院に入院している認知症の方と、特養に入居されている方とでも違って…特養は最後まで看取るので、頑張らない、頑張らせないっていうのがベースなんですね。でも病院だったら入院の期間が決まっているからその期限がきたら次の施設を探して転々とする方もいます。例えば徘徊して転倒して骨折した部分を治療する目的で入院するので、やむを得ない身体拘束もあります。特養だったら「看取る」がゴールなので、歩き回って怪我しちゃうこともあるかもしれないけれど、その人がやりたいんだったら拘束しないで、見守りつつ柔らかいケアをしていくようにしています。

土橋:人生の最期のステージなので、やりたいようにやらせてあげたいっていう感じですか?

澄:そうですね。例えば最期って人間は食を受け付けなくなるようになっていて口が開かなくなったり、嚥下しなくなったりするんですけど、病院だったら「治療」が提供できるから「胃ろう手術」したり、言語聴覚士による「リハビリ」を行うケースが多いって知り合いのソーシャルワーカーから聞きます。その点、特養は点滴などの「治療」すらできません。しかし「治療」ができないからこそ、じゃあその人が食べたくないっていう表示をしているんだったら、舐める程度にするとか、好きな飲み物を聞いてその飲み物を飲んで一日を終えるとか、そのような接し方をして、最期緩やかに息を引き取っていくのを見守るということをしていくんです。

土橋:これまでどのくらいの方を看取ったんですか?

澄:私が入職した年は多かったと聞きました。これまで三年間で15名くらいですかね。

土橋:看取りの時はご家族も立ち会うんですか?

澄:病院と比べてしまって恐縮なんですが、病院だと面会制限もあって、このコロナ禍ってこともあって最期までガラス越しでしか会えないってこともあったんですが、ほとんどの特養が今は最期の看取りだねってなったら入居者とご家族が同じ空間で過ごせるような環境づくりをしていきます。毎日通ってくる方もいますし、泊まっていく方もいます。夜勤中に呼吸とかバイタルを見るときに横に簡易ベッドで娘さんが寝ていて「すみません」って言って(笑)、巡回することもありました。ご家族がいない方もいますし、ご兄弟もいなくて独り身の方もいます。それでも毎日職員が愛情込めてケアさせてもらったので、独りで亡くなるよりは顔なじみの職員が看取れるのはいいねっていう話は職員どうしでしています。

土橋:澄さん自身が看取りで、入居者が息を引き取っていく場面に立ち会ったこともあるんですか?

澄:あります。呼吸の間隔が広くなってきて、そろそろってなったら休憩中の職員とか仕事が終わってその人を看取るために何時間も残っている職員もいて、みんなで囲んで「無理しないでね」って声をかけて体に触れて、ふっと息を引き取る瞬間を何回か体験しましたね。

土橋:「看取り」の話はこれまでも聞いてきましたが、人が息を引き取る瞬間に立ち会うのはすごい体験ですね。次回も引き続き「看取り」について詳しく伺っていきたいと思います。
―つづく―

プロフィール
わたしの╱watashino

1979年、山梨県生まれ。

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