『メンタルヘルス』
わたしの
土橋:今回お話を聞かせていただきますのは、東京都の知的障害福祉業界の先輩でもあります笹山さんです。
笹山さんは私と同じく通所施設で働かれています。今日はどうぞよろしくお願いいたします。
笹山:こちらこそお願いします。
土橋:通所の生活介護施設ですね。
笹山:そうです。
土橋:この仕事をはじめて何年目ですか?
笹山:17年目になります。大学を卒業して新卒ですぐに働きはじめました。
あっという間に時間が経って、気づけば40歳を過ぎてしまいました。
ずっと若いつもりでいましたが、主任になってから妻にふけたんじゃない?と言われてしまいます(笑)。
土橋:主任の業務はたいへんですか?
笹山:気を遣いますよね。
それまでは、現場でとにかく支援に夢中になっていましたが、主任になって現場を統括する立場に立ったらご利用者だけでなく職員ひとりひとりにも目を向けなければいけません。
職員のコンディションとか、職場の働きやすさとか、職員同士の関係性とか気になってきますよね。
土橋:大事ですね。
笹山:働くスタッフがやっぱりいきいきしていないと、いい支援にはならないってことはありますよね。
重度の知的障害者の支援って、生活介護と言っても食事介助や排泄介助などが中心ではないじゃないですか。
ひとりひとりの独特の世界観に寄り添い、その人らしく生活することをサポートすることがメインであり、みなさん元気ですからね、職員も走って追いかけたり、長い距離をウォーキングしたり体力も結構使います。
そのうえよく言われるように感情労働ですからね、思いを寄せれば寄せるほど感情がすり減ることもあるんです。
メンタルをケアする手段を、個人ももちろんですが、組織として持っていたいですよね。
土橋:ちなみに笹山さん個人ではメンタルケアはどのようなことをされていますか?
笹山:ストレス発散やアンガーマネジメントも、もちろん大切ですけど、苦しい状況がきたときにあんまり先を考えない訓練なんかをしています。
土橋:先を考えない訓練?
笹山:おもしろい話があります。
以前、行動障害に関する研修を受けたことがありました。
そのときに講師が
「知的障害のある方は見通しを持つことが難しい場合があるから、見通しを伝えてあげると安心する。見通しがない状況は知的に障害がなくても誰でも不安である」
ということを受講者たちに伝えたくて実験したんです。
私たちは立たされて、その場でジャンプを繰り返すように言われました。
10秒が過ぎ、30秒が過ぎても講師は何も言わずに、そのまま会場のみんなはずっとぴょんぴょん跳ねていました。
これが、いつになったらやめられるのか分からない、見通しの見えない不安を実感する実験でした。
しかし、研修が終わったあとの打ち上げの席で仲間たちと確認しあったら誰も不安を感じなかったと言うのです。
あれくらいじゃ全然大丈夫だとのことでした。
私はジャンプしているとき、いつになったら止めてくれるのかということは全く考えていませんでした。
講師が止めてくれるだろうという期待を捨てたんです。
とにかく「跳ぶ」ということにだけ集中しました。先のことは考えず、今だけのことを考えました。
それが1時間なのか、3日続くのか、そんなことは考えません。
跳ねて、地面に着地したら、また跳ねる。思考を止めて肉体の動きだけです。
そうするとこれがいつ終わるのかとか、疲れたなとか考えずに済みます。仲間たちもきっと同じように思考していましたから、あのくらいの実験では不安を感じなかったのだと思います。
土橋:先を考えようとするから不安になるってことですね。
笹山:どうせ見えないんですから、考えるだけ負荷がかかりますよね。
我々の仕事では、ご利用者の動きを「待つ」時間ってあるじゃないですか。
いつ終わるかも分からない「待つ」時間に対してどう処するか。
我々は仕事を通じて、結構そういうものに耐える訓練をナチュラルにしているのかもしれません。
土橋:ある瞬間だけは思考停止にできるってことですね。
笹山:そうです。言葉が悪いかもしれないけれどロボットになれるんです。
勘違いをしてほしくないのは、もちろんご利用者のために感情を使う大事なところにはめいっぱい使いますし、思考をフル回転させます。
逆を言えば必要なところで感情を使い、思考をフル回転させるために、必要ないところではスイッチを切れるということなのかもしれません。
それがメンタルを保つ大切な手段になっているのだと思います。
土橋:思考停止っていうと悪い意味にとらえられそうですが、意識的な思考停止は大事なんですね。
趣味とかハマっていることに没頭できる時間っていうのも、ある種仕事の思考を切ることでもありますよね?
笹山:没頭できる時間っていいですよね。
土橋:笹山さんはそのような時間ってありますか?
笹山:私は銭湯が好きでよく行きます。
お風呂に浸かっている時間は仕事のことを考えてしまったり雑念がよぎるんですが、体を洗っているときは忘我ですね(笑)。
私はナルシストでは決してありませんが、気づくと洗い場の鏡に映る自分を何も考えず眺めていたりします(笑)。
土橋:(笑)。
笹山:時が経つのを忘れられるっていいことですよ。
土橋:みなさんは、それぞれどんな方法で気分を切り替えたりしているのでしょうか?聞いてみたい気がします。
まだまだ、つづきます。
―次回へつづく―
プロフィール
わたしの╱watashino
1979年、山梨県生まれ。
バンド「わたしの」
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