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『幸せの原体験』【後編】 / わたしの

『幸せの原体験』【後編】 / わたしの

『幸せの原体験』【後編】
わたしの

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幸せの原体験 - 前編 / わたしの | 重度訪問介護のホームケア土屋

土橋:もちろんボランティアをすることがメインではあったんだろうけれども、それよりもまずは「お化け屋敷」を作ることを通して、周りから認められることで、なんとなくそこに居場所を見つけて、それがまたボランティアサークルを続けることのモチベーションにもなっていった、ということですね。

光:今思えば、自分の「幸せ」の原体験だったかもしれない。

土橋:「幸せ」の原体験。

光:それまでは地味な学生生活だったんですけど、そのサークルを通して新しい友だちができて、そこで言ってみればはじめて自己肯定感ができたみたいな…。

自分が一人の人間として過ごしているなって。

土橋:周りからも認められたし、居場所にもなっていて、それが自己の肯定にもつながって幸せだなって感じるということですね。

光:ボランティアの仕事を先輩から引き継いで、複数の後輩に関わって、仕事を後輩に伝えていくという連綿とした流れの中で、自分もしっかり仕事してるじゃんっていう満足感もあったりして…。

土橋:現在の知的障害者支援の仕事をしているきっかけもそこにあったんですか?

光:今思えば…ですね。大学卒業してからは完全に別の業界で働くので、直接的なつながりではないんですが…。

土橋:そこから別の業界で活躍されて、最終的には自動車デザインの専門学校の講師になり(それまでの紆余曲折をもっと聞きたいところですが、それはまた別の機会に取っておくとして)、そこを辞めて知的障害者支援の仕事に飛び込んでくる訳ですよね。

チャレンジだったんですか?

光:車関係の仕事を辞めることには抵抗感はほとんどなくて、趣味と仕事は別だよねっていうクールに見ている自分もいるので。

その専門学校は巨大なグループで、九州から北海道までいろんな学校を持っていました。

そこでやっていくんだったら、全国をフィールドにして、ある種大企業なんですが、そこで教職員として骨を埋めるか、どうする?って誘われてはいたんです。

ここで方向転換するならどうしようかと、かなり悶々と悩んでいて、そのときは既に40歳くらいだったかな、もう子どもも生まれていましたし…悩んで…でも、結果として転職したんです。

土橋:それはすごい決断ですね。すごいですよ。

光:簡単には踏み切れなかったんですけどね。

土橋:転職を考えるときに、どんな仕事が選択肢に上がっていたんですか?

光:やっぱり、なんとなく福祉の仕事は選択肢としては上がってくるんです。先ほどお話した大学時代の「原体験」が蘇ってくるのもあったのかもしれません。

それに、何が何台売れたとか、いくら稼いだとか数字を追うのではない仕事に就きたいなとは思ってました。

それで知的障害者支援の仕事をたまたま見かけて、それでとりあえず面接に来てくださいと言われました。

こんな変な経歴で、分野も違うところから来て、しかも40歳越えで、当時でも再就職は35歳までだということは常識と言われていたんで、採用されないかなと思っていたんですが、「来てください」って言われたことが単純に嬉しかったですね。

ありがたいなと思いました。

土橋:お勤めされているのは光さんがお住いの地域だと聞きましたが、地元で働くことに何かこだわりはあったんですか?

光:ありましたね。それまで働いていた会社は、何年かごとに異動があって勤務地が全国で変わっていくわけです。

自分の中ではそれがいつまでも続くのはいやだなと思っていたのもあり、やはり自分がどこに住むかというのは大事な権利であり、それを第三者に決められることへの抵抗感はありました。

それが一つなんですけど、2011年の東日本大震災も経験して、地元に貢献したい、ホームタウンへ関わることへの憧れみたいなものもあったかもしれません。

土橋:お時間が迫ってきてしまったので、最後の質問をさせていただきたいのですが、福祉の職場に来て、大学時代に得た原体験のような「居場所」や「居心地」は現在も感じていらっしゃるんですか?

光:ありますね。福祉に限らず、これまでの仕事でもやりがいは感じてきました。

仕事は役割が与えられるし、それをこなしていくことで結果が出る。

しかもお金ばっかりではなく、人とのやりとりが生まれて、それが喜びになったりしてきたんです。

そのようなこれまでの紆余曲折の中で培った肌感覚がこの福祉の仕事に活かせているなと思えるんです。

特にノンバーバルなコミュニケーションがこの仕事では重要だと感じるんですが、これまで積み上げてきた経験の中で得たものをフル投入できる気がしています。

自分の「資源」を使って、それで利用者に「伝わる」とか利用者と「つながる」ことに活かせてるように感じます。

土橋:光さんの「ちり紙交換」からはじまったお話(笑)、そこから人生のほんのさわりだけ聞かせていただいた感じです。

本当はもっとお話を聞いていたいんですがお時間となってしまいました。興味深いお話をありがとうございました。

光:ありがとうございました。

おわり

プロフィール
わたしの╱watashino

1979年、山梨県生まれ

▼ 音楽
https://note.com/wata_shino/n/nf4989b561ab7

▼ 文
https://note.com/wata_shino/n/nd7b0f566bb9f

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