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『アールブリュットの先へ〜障害者アートを考える〜1』 / わたしの

『アールブリュットの先へ〜障害者アートを考える〜1』 / わたしの

『アールブリュットの先へ〜障害者アートを考える〜1』
わたしの

土橋:こんにちは。今回お話を伺うのは大和涼子さんです。

さっそくですが、大和さんは現在どんなお仕事をしているんですか?

大和:知的障害者の生活介護施設で働いています。

土橋:生活支援員なんですか?

大和:いいえ、違います。肩書がちょっと口に出すのが恥ずかしいんですけど…。

あんまり言いたくないな…その施設のアートディレクターとして働いています。

土橋:アートディレクターというのは?

大和:うちは創作に力を入れていまして、その創作活動全般をマネジメントする役割です。

日々の活動の内容を検討したり、画材の購入をしたり、アトリエの運営をしたり、作品の保管も仕事です。

この作品の保管が地味にたいへんな仕事です(笑)。

あとは年に数回展示会をするんですが、その作品展のキュレーター的な役割もあります。

名前はディレクターなんて付いていますが、雑用もやりますし、仕事内容は多岐に渡っていて、小間使いみたいなものです。

もちろん日常的な支援にも入ります。

土橋:展示会は年にどのくらい開いているんですか?

大和:細かいものを除くと二回ですね。

施設のある地域のギャラリーを借りて行うのと、あとは銀座で一回やります。ここ数年はそんなスケジュールでやってます。

土橋:何名くらいが所属しているんですか?

大和:40名です。

土橋:支援にも入り、創作活動全般の運営からキュレーションまで、お忙しそうですね。

大和:自分はなんでも時間を忘れてこだわっちゃうところがあって…

今の施設で、はじめは支援員として雇ってもらったんですけど、私の働き方を見て施設長が「君はアートディレクターになりなさい」って言って、アートディレクターになったんです。

土橋:へー。素敵な話ですね(笑)。

大和:ちょっと変な施設長ですよね(笑)。

土橋:私は、こだわれる人にすごい憧れがあるんです。自分はこだわれないから。

どこかでバランスを取っちゃうんですよね。一つのことにのめりこむのが怖い。

ものごとA・Bがあったら、Aに50、Bに50を張るタイプ。

大和:バランス型ですね。

Aに100、Bに0を張ってしまう私としてはうらやましい。

私は『ハンニバル』のレクター博士が言うところの「深いターンをする鳩」なんでしょうね。

土橋:深いターンをする鳩?。

大和:そう。他の職員の中でも浮いちゃうようなところがあって、要領が悪くて、全然効率的ではないし、計画的ではないし、感覚的な働き方しかできなかったんです。

ある面、困った職員だったのかもしれません。

土橋:いろんなタイプのスタッフがいることっていうのは強みですよね。

大和さんのようなこだわり型の人がいるからこそ、そこでやっている創作活動全体の価値を、周囲の人たちも信用できるんだと思います。

バランス型のスタッフだけだと効率を優先したり、コストを気にしたり、内容が軽滑りしてしまうんですよね。

大和:バランス型とこだわり型を置いておきたいという、それもまた土橋さんのバランス型思考ですね(笑)。

土橋:あっ確かに(笑)。

大和:うちの施設のTさんという40代の男性の方がとても興味深いんです。

彼は作業の時間に勝手に庭に出て行って、地面にしゃがみこんで土を掘っています。

私も持ち場を離れてTさんに寄り添って、その様子を見守っているんです。

彼は土の表面を掘るのを一日2~3時間していますよ。

土橋:土の表面を掘るというのは?

大和:小枝を拾ってきて、粘土質の固めの土壌に線を描くように掘るんです。

傾斜のついた庭の小山になっているところとかに。ちょうど縄文土器のような。

水煙土器って知ってますか?

土橋:知ってます!

新潟の方でしたっけ、火炎土器って有名ですけど、水煙土器は私の故郷の山梨で出土しているので知っています。

すごいんですよ。名前もかっこいい。

大和:そう、ちょうど水煙土器のような模様を土に描いているんです。

土橋:なるほど。

大和:描いては消して、また翌日も描くんです。その繰り返しです。

土橋:まさにジャン・デュブュッフェやはたよしこ、アールブリュット原理主義者たちが見たら「これだ!」と言いそうなものが想像できます。是非見てみたいですね。

大和:昔ですね、伊勢から京都を回って、最後に近江八幡のNO‐MA(ボーダレスアートミュージアム)を見たのですが、「もう一つの文化の可能性」を感じて面白かったです。

日本の伝統的な都市を回り、文化に触れながら、それと対比してNO‐MAの作品を見たときに、こんな文化が発展した可能性があってもよかったかもな~と思えました。

つまり、庭の傾斜に細かな線を描くという文化が発展した可能性もあったということです。

Tさんの描いたものも水煙土器に見えますし、日本庭園の枯山水にも見えるのです。

もしかしたらパラレルワールドではTさんのように庭に線を描くことが文化として確立されていて、作者は人間国宝とかになっているかもしれない。

その行為は離れて見ているとかなりアートです。

しかし、Tさん自身はまったくそんなことを考えてはいないと思います。

誰に見せようともしていないし、描いたら消してまた書くだけです。

何をしているんだろう?何を考えているんだろうっていつも思います。

どう思いますか?

【アールブリュット2】へつづく

プロフィール
わたしの╱watashino

1979年、山梨県生まれ

▼ 音楽
https://note.com/wata_shino/n/nf4989b561ab7

▼ 文
https://note.com/wata_shino/n/nd7b0f566bb9f

050-3733-3443